第2話第5節 ミノリちゃんの黒歴史!? 樹成ミノリは仮想通貨ショック系バーチャルユーチューバー!?
――樹成ミノリちゃんの好きな相手を探してください。
姉さんからいきなり言い渡されたミッション。というか、ゼッタイインポッシブル。バーチャルユーチューバーが好きなキャラクターと言われても、このオレが思いつくはずがない。
中学生になってからアニメやマンガとか読まなくなり、ゲーム中心の生活をしていた。ところが、高校生になったらゲームもやらなくなり、ネット上で話題になっている情報を覗き見るだけの生活になっていた。
サブカルに
そんなオレがバーチャルユーチューバー樹成ミノリの好きな相手を見つけろなんて、土台無理な話である。
結婚相談所に行って、バーチャルユーチューバーですが良い人いませんか? って、マジで相談したい。――バーチャル結婚相談所があればいいのに。
しかしながら、このミッションは樹成ミノリの動画の総再生数が1億行ってからであり、まだまだ先の話でもある。
現在、樹成ミノリの動画は3本、総再生数は5万ちょい。
このペースでいきなり1億再生に行くなんて不可能。
……いや、最低でも再生数1000万行かないとオレが困る。
オレがバーチャルユーチューバーとして活動しているのは、仮想通貨ショックでできた損失額補填のためである。その損失補填額を父さんが用意した銀行口座に預けないと上村家の家族の絆は失われる。タイムリミットはわずか半年だ。
樹成ミノリの好きな相手を見つけること、いつか必ず考えないといけない問題。そんな日は来ないでくれと心から願うのであった。
オレが学校から帰ると姉さんから呼び出された。
学生服のまま、姉さんのベッドの上に座る。
オレの目線の先にあったホワイトボードには――
“樹成ミノリちゃんが人気が出るための方法論”
――というタイトルが書いてあった。
オレと姉さんは様々なアイデアを言い合い、姉さんはそれを書き込んでいく。
しかし、ネットの流行に乗り切れていないオレ達のアイデアは今一つであった。
どれもこれも二番煎じばかりでオリジナルティなんてどこにもない。人間の考えられるアイデアはすべてユーチューバーが吸い取ったと言っても過言ではない。
……完全に行き詰まり。
これというアイデアが何一つ見つけられていなかった。
「まいったね。ここまでアイデアが浮かばないんて」
「姉さん色々知っているでしょう? 面白いアイデアぐらい」
「私は理系人間だよ。こういうアイデアを出すことは大の苦手なんだよ」
姉さんはどちらかと言えば理論派だ。1から無限に作り出すのが得意なタイプではあるが、ゼロから1を作り出すタイプではない。
「ネットの流行に乗っかるとかでいいんじゃない?」
「時事ネタならまだしもネットの流行は早すぎるからちょっと無理だね。専門のユーチューバーがすぐマネする」
「少し遅れても構わないでしょう?」
「バーチャルユーチューバーは3Dモデルのモーションを一つ一つ作らないといけない。だからどうしてもタイムラグが生まれる」
「……それ、キツイな」
とかく、動画作りは難しい。
――バーチャルユーチューバーは流行に乗れない。オリジナルで勝負するしかない。
バーチャルユーチューバーの壁に直に触れた瞬間であった。
姉さんはホワイトボードに書いてあった単語に◯と×をつけていく。
――流行・作品・二番せんじ
そこには×とつけていく。
――広まる・ビックリ・日常の一部分・入りやすい。
そこには◯をつけ、線をつなげる。
「最低限、この要素が含んだ動画が欲しいね」
みんなが入りやすくて、日常の一部分にあるビックリして広まる動画か。
「こんな動画、あったら見るけど」
「だから作るんだよ。私達で」
プロでもできないぞ、ホームラン級の動画を作るには。
「日常とビックリの二つ同時は無理。バーチャルユーチューバーでそういう日常の偶然性を持つ動画はないって」
そもそも3Dキャラクターを使って偶然が取れる動画なんて存在するのか?
「サプライズがあればいい、サプライズ。 えぇ! ミノリちゃん! 大丈夫! みたいな動画」
「そんなのないって」
「ミノリちゃんが社会現象になるような動画ができればいいんだって」
「仮想通貨ショックレベルの社会現象を引き起こすなんて無理だよ」
社会現象になるような動画なんて作れるはずがない。
仮想動画配信者は仮想世界でしか存在できず、現実を揺さぶるパワーなど持っていない。
――現実と仮想の隔たりを感じる。
バーチャルユーチューバーは
オレが動画作成のアイデアに苦しんでいる一方、姉さんはなぜか目をるんるんと輝かせていた。
「……姉さん?」
姉さんは笑いをこらえきれずにククッともれる。いよいよ、あっち側の世界の前に立ったのか、心配になる。
「姉さん、だいじょうぶ? 姉さん」
オレの呼びかけに反応した姉さんはゆっくりとカオを上げる。
ものすごく喜悦に満ちた表情。こんなカオの姉さんは始めてだ。
「実!」
姉さんはオレを捕まえる。
「それ!! それ!!」
「やっぱり、
姉さんはオレの頭をぬいぐるみのようにグリグリと抱きしめる。
育ちのいい胸がオレの顔を半分以上埋める。
「う、ぅぅ」
女のコに抱きしめられて嬉しい言うよりも、姉さんがどんな気持ちでオレを捕まえたのだろうかという恐怖でいっぱいだった。
「離して……離して……」
息苦しさと怖さから無意識に
「あ、ゴメンゴメン」
姉さんはオレの頭を手放し、オレはパッと姉さんから離れた。
「やっぱり、実は最高だよ。天使のような声以外にもっといいモノを持ってるなんて」
「もっといいモノ?」
「なんで、こんな面白エピソードを持っていた弟を放置していたんだろう!? バカだよ、私は!?」
姉さんはオレのなにげない一言から何を思いついたんだろう。
「もしかすると、私! ダイナマイト並に爆発力のある発想をしたのかもしれないぞ!!」
広い地雷原の中でマーチングバンドとサンバカーニバルが入り乱れるようなことをさせられるんだな、と、大体の予測はできた。
姉さんは机につくと、パソコンの電源をつけた。
「今から動画でも作るの?」
「いや、台本を作る」
「台本?」
姉さんが台本作りとは珍しい。そういうのはオレが書いて、姉さんが監修するのに。
「何か寸劇でもするの?」
「どっちかと言えばドキュメンタリー?」
「ドキュ?」
一体何を書くのだろうか、このヒト。
「えっと、姉さん。オレは何すればいいかな?」
「明日の四時に起きて」
「四時!?」
今、夕方の四時ですよ!?
「明後日でも良くない?」
「鉄は熱いうちに打てと言う」
――これは本気だな、これは。
――一体、何を思いついたのか、姉さんは!
「でも、四時はないだろう? 四時は」
「生活音とか入れたくないんだよ、今回作る動画は。こんにちはバーチャルユーチューバー――ごはんできたわよ―の樹成ミノリです、なんて声が入ったら最悪だろう?」
「まあ、うん」
「今回ばかりは失敗は許されない。ミノリちゃんをバーチャルユーチューバーの仲間入りにしてあげるよ」
パソコンのディスプレイ画面が写り、ワープロソフトを起動させる。
姉さんはヘッドホンを付け、キーボードを打ち始めた。
「……身体には気をつけてね」
作業に集中する姉さんからは返事なく、オレはそろりそろりと部屋から出ていった。
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