第2話第4節 ミノリちゃんの黒歴史!? 樹成ミノリは仮想通貨ショック系バーチャルユーチューバー!?


 ――ミノリちゃんがスライム風呂!? 空飛ぶスライムプールにダイブ!

 

 バーチャルユーチューバーがスライム風呂に入るという突飛な動画は多くのヒトが閲覧した。再生数は手堅く100万はいけると妄想していた。

 しかし、現実は甘くなく、2万近い再生に止まった。

 これはウケると思ったんだが、と、姉さんはため息をついた。

 動画としてはちゃんとしている。プロの作った動画と比べたら天と地の差があるが、それでも動画作品として完成している。

 ――なぜこれはウケないのか。

 その理由をそれとなく、幼なじみの萌菜に聞いてみた。

「スライム風呂はもう飽きた」

 あ、と思った。

 そうか、これは二番煎じだったんだ、と気づいた。

「スライム風呂って実際のお風呂場でやるから楽しいんだけど、これって、もう空想の世界じゃん」

 空飛ぶスライムプールの中で泳ぐバーチャルユーチューバー。これは空想の世界を動画にしている。

「現実でできないことっていっぱいある。経済的な理由でダメとか親がいるからできないってあるけど、ユーチューバーはそのできないことを動画にしてくれる」

 ユーチューバー動画が人気なのは自分にはできないことを代わりにする。オレもそんな目線で動画を見ていた。

「バーチャルユーチューバーが妄想をやったら、ちょっとついていけないなー。ある意味これ、作品として見てしまうから」

 動画配信者と視聴者の視点が少しズレていたのかもしれない。

 動画作りはホントに難しい。

「じゃあ、バーチャルユーチューバーはどういう動画を出すのがいいのかな?」

 萌菜はこうこたえた。

「普通でいいんじゃないの?」

「普通?」

「うーん、どういえばいいかなー? ともだち感?」

「ともだち感?」

「暇な時間とかすき間時間とかですぅ~と入り込める動画。ゲーム実況動画とか、人気があるのはそういう気軽感があるからだと思う」

「なるほど」

「こういう“作りこんだ動画”もいいと思うけど、やっぱり“入りやすい”動画がいいかなー」

 萌菜の意見はありがたかった。

 動画配信サービスの視聴者は作品を見に来ているのではなく、見たい動画を探している。その見たい動画という動画は予備知識とかなく、入りやすいものが好まれる。

「あと、この動画を広めたい、この動画を作ったヒトは面白いヒトだってみんなに言いたいというのもあるなー。樹成ミノリちゃんの動画はそういう広めたいという感じがなくて、なんていうか、今一歩がないなー」

 人気が出る動画を配信することは簡単ではないと、ネット動画好きの萌菜と話してよくわかった。


 萌菜との会話で気づいたことをすぐ姉さんに伝えた。

 姉さんは腕組みをしてうんうんと頷いた。

「この動画は“作品”だったのかもしれないな」

 樹成ミノリのスライム風呂動画は姉さんがガンバって作った作品である。

 けれど、動画の視聴者はそういう作品を求めているワケではない。

 ――作品ではない作品。

 一見、矛盾しているかもしれないが、動画投稿サイトにはそういう動画が多数ある。日常生活の一部分を切り取った面白動画、商品をカッコつけて説明するレビュー動画、アニメを好き勝手につぎはぎに付けた編集動画、その他諸々。

 これらの動画は作品とは言えない。けれども、ネット動画の視聴者はこぞってそういうのを見たがる。

「作品として見られない動画か。……こう言われるとなんか難しいな」

 姉さんはオレの黒歴史ノートを手にし、ペラペラと読んでいく。

「……コーラ一気飲み、この動画もバーチャルユーチューバーでやれば作品か。ブランコ一周回転、この動画も3Dでやったら作品になるな」

 姉さんは頭を抱えながら黒歴史ノートのページをめくる。

「作品か。……作品、作品」

 これは完全に行き詰まったな。

 姉さんはスランプにハマった。

「姉さん、そんなに難しく考えることはないんじゃない?」

「でも、バーチャルで描いた動画はどうしても作品として見られてしまう」

「自然なのでいいんだよ」

「自然?」

「別にアニメを作るわけじゃないんだよ。3Dモーションを利用したユーチューバー動画を作ればいい」

「だからどういう動画?」

「……ともだち感」

「ともだち?」

「ヒマな時間にちょっと見たい、ラジオ代わりに聞きたいなと思う動画を投稿すればいい。あと、みんなが広めたいと思う動画とか」

「みんなが広めたい動画か」

「無理して作ろうとしなくていいんだよ。考えたモノじゃなくて、見つけたもの、普通の生活の中にある切り取った見たいモノを動画にすればいいんだ」

「バーチャルユーチューバーの生活を切り取るか」

「そうそう。バーチャルユーチューバーの生活感ある動画。みんなが広めたくなる動画を作ればいいんだよ」

「そういう動画の方が面白いか」

 姉さんの顔色が不安な表情が消えていく。

「ちょっと型にハマっていたのかもしれない。今度からはそういうみんなが広めたくなるような動画をネタにしていこう」

 どうやら、バーチャルユーチューバー樹成ミノリの動画の方向性が決まったみたいだ。

「ところで姉さん、このノートはもういらないよね。――片付けるよ」

 オレは姉さんが持っていた黒歴史ノートを取り上げる。

「実」

 しかし、姉さんはオレの手を止めた。

「残念だけど、そのノートを捨てさせる訳にいかない」

「でも、もうそこからはネタを拝借できない。……というか、もう捨てさせてください」

「いや、とっておきのネタはこのノートにはある」

「とっておき?」

「そうだ」

 姉さんはパラパラと黒歴史ノートを開き、大きなハートマークが書かれたページを見つけると、それをオレに見せる。


 ――ユーチューバーになってやりたいこと!

 ――再生数1億行ったら! コクる!


「あががぁぁがわがあが」

 ――過去のオレよ! 過去のオレ!! 一体!! 何を書いたんだ!!

 ――ネットの引っかき傷は一生モンだぞ!!

「バーチャルユーチューバーが恋の告白! これは絶対ウケる! いや、むしろ、私はこういう動画を作るために、バーチャルユーチューバー動画を作ったと言っても過言ではない!」

「やめてやめてやめてやめて」

 オレの好きなヒトをネット動画で晒させない!!

「何、慌てているんだ? オマエ」

「へ?」

「私はバーチャルユーチューバー、樹成ミノリの告白シーンが見たいんだ。恋するバーチャルユーチューバーは誰が好きになるのか、そういうのを」

 ああ、オレが好きなヒトを言うわけじゃないのか。

「樹成ミノリはバーチャルユーチューバーで一応、二次元キャラだ。二次元キャラが誰かを恋するというシーンを自分で描きたいと思ってた」

 姉さんも女のコなんだね。

「でも、恋する相手は誰にするの?」

「別に誰でもいいよ」

 そこらへんは大雑把だな。イケメンの王子様! とか言ってくれよ。

 ――いや、イケメンの王子様大好き! なんてあけすけなこと言いたくないぞ、オレ。

「恋する相手バーチャルユーチューバーでもいいし、アニメやゲームキャラでもいい。実際の人物でもいいけど、できればそういう二次元キャラの方がいいかもね」

「どうして?」

「二次元と二次元のカップリングの方が、ホントの恋が実りそう」

 ――ホントの恋って、そういうもの?

 なぜか疑問符がついた。

「実君。ワタシから大切なお願いがあります」

 あらためて敬語、これは何かある。

「再生数1億行くまでに樹成ミノリちゃんが好きな相手を探してください」

 無茶振りの無茶振り、バーチャルユーチューバーの好きな相手を探すなんて、どんな名探偵でも無理だと思います。

 

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