第2話第3節 ミノリちゃんの黒歴史!? 樹成ミノリは仮想通貨ショック系バーチャルユーチューバー!?


 ホワイトボードには『樹成ミノリの反省会』と書いてあった。

「”よつんばいでバランスボール動画”が一日で1万6000再生。これでミノリちゃんもネット世界に参加できたかな」

 姉さんはスマホを見ながら、言葉にしたことをホワイトボードに書き上げていく。その光景はどこぞのIT企業の会議にも見える。

「”もっとバランスボールの上に乗ってください”。”効果音とか付けたら面白いですよ”と、反省するところが色々あるな」

 姉さんは悩みながらスマホを見る。その表情はけっこう深刻だ。

「どう? オレの演技は!?」

 姉さんのベッドの上に座っていたオレは姉さんにそう尋ねる。

「普通だけど」

「それ、一番コタえる」

「ミノリちゃんカワイイ~。よつんばいのミノリちゃんの声もっと聞きたい! ってメッセージがあるが読む?」

「――お姉さま、いつも心にやさしい検閲ありがとうございます」 

 オレは頭を下げた。

「こんなところか。……どうやら実の演技よりも、ワタシの編集技術に問題があったみたいだね。やっぱり、素人の動画はこんなところか」

 姉さんはオレが買ってきた柿ピーをひょいとつかみ、それを口にする。

「あ、それ、オレの柿ピー」

「いいじゃない、別に減るもんじゃないし」

「減るよ。柿ピーはオレの心を救ってくれるマストアイテムなんだよ」

「どんなマストアイテムなんだよ」

 姉さんは柿ピーを食べ終えると、パンパンと手を叩き、椅子に座った。

「それにしても、オレがバランスボールに乗っていたこと覚えていたね」

「忘れていないよ。だってあれ、私と実が一緒に作った動画だし」

 姉さんはそういうとスマホを動かす。

 すると、スマホから昔、オレ達が撮った動画の音声が流れてきた。

「数年の時が経っても再生数は30そこそこ。まあ、そんなもんだな」

「こどもが作った動画だし、ちょっと悪ノリがあったかも」

「誰も見てくれなかったね、実」

 姉さんはせつなげにそう言うとスマホの電源ボタンを押した。

 すると、動画の音声は途切れた。

「でもリベンジは成功、実の復讐ふくしゅうをミノリちゃんが果たした。これから何処まで伸びるか楽しみだ」

 姉さんはもう一度笑い、柿ピーを食べた。


「さてこの経験を踏まえて、次の動画でも作るか」

「どんな動画を作るの?」

 姉さんはフフッと妖艶な笑みを浮かべた。

「なあ、実。こどもってどんな動画を見たいと思うんだ?」

「バカな動画。勢いフルスロットルな感じの」

「そうそう。じゃあ、そのアイデアは何処から探す?」

「ネットとか?」

「ネットに出たら二番煎じになるだろう」

「じゃあ、何処から探す?」

「簡単だ。こどもに聞けばいい」

「こどもって言っても、ウチの家族はオレと姉さんだけだし。親戚の中じゃオレが一番年下だし」

「何言ってる? 別にこどもじゃなくてもいい」

こども?」

 ――今ってなんだ? 昔のこどもってスマホで動画投稿サイトなんて見ないぞ

 そんなことを思っていると、姉さんは机の引き出しから何かを取り出した。

 そこには”みのるのユーチューバーノート”と書かれたじゆうちょうがあった。


 ――あれはまさしく黒歴史ノート!!

 

 こどもなら誰しもがやる自分オリジナルのゲームやマンガ設定を書きためたモノこそ、黒歴史ノート! 時が経ち、それを読み返せば、自分の人格を否定する凶器と化す!

「ネェぇええうぅぁあさぅんぁ!」

 今までに叫んだことのない声でオレは姉さんを呼ぶ。

「残念ながら私にはネタを作るセンスはない。だからネタを何処から拝借すればいいか考えながらオマエの部屋を掃除していたらこのノートを見つけてな」

 姉さんはパラパラと黒歴史ノートを開けていく。

「弟の部屋を掃除する姉が何処に居ますか!」

 弟の部屋には発掘しちゃいけないが眠っているんだよ!!

「自分の部屋が散らかっていたから掃除機を掛けて物置きに戻そうとしたら、実もバーチャルユーチューバーで大変だな、と思って、実の部屋も掃除してやるかってなって」

「なんでやさしさが生まれるの? いつもは通りすぎる弟の部屋にやさしさが立ち止まるの!!」

 姉さんはマジ笑いする。

「でもそのおかげで、消費しきれないほどのネタが見つけたぞ」

 姉さんは悪魔のような笑みで黒歴史ノートをパラパラする。

「逆立ちしながらうどんを食う? なんだ、これ」

「腕一本で身体を支えながらうどん食べたらウケるかな」

「できるわけないだろう。――耳なし芳一の身体には文字がどれだけあるか、”正”の文字で書いていくって?」

「全身に正って文字を書いていけば書くのが簡単だし、後から数えてもラクでしょう?」

「数取器を使いながら書けばいいだろう」

 はい、そのとおりです。

「ホント読んで飽きないな、オマエの歴史あるノートは。こうなんていうの――、黒いな! えんぴつなのに黒い重みを感じる」

 姉さん、それ黒歴史ノートだってわかってて言ってるでしょう?

「スライム風呂に入りたいなんてもうこどもっぽくってカワイイ! ――実際一度入ってみる?」

「もういいよ、そういうの。後片付けが大変だし」

「そうね、もうそういうことを考えてしまう年だからネタとかも作れないんだろうな……」

 姉さんは小さくつぶやく。

「そんなのいいから早く返してよ」

「ダメ。これを元に動画を作るんだから」

「じゃあ、せめてネタを選ばせてよ」

「小学6年生が書いたネタばかり並んでいるけど」

「それがどうかしたの?」

 姉さんは黙って、黒歴史ノートをパッと開いて、あるページをオレに見せる。

 そこにはとぐろの巻いた何かと、言葉には形容できないモザイク必死の下ネタが書いてあった。

 ……オレの黒歴史ノート、炭カスにして燃やしたい。

「さすがにこれを元に動画を作ったら、この動画は不適切なコンテンツとして削除されました、になるな」

「……やめてやめてもうやめて。死ぬ。ダイイング、ダイイング」

 オレは床をタップして、やめろやめろ、とギブする。

「そんなに恥ずかしがることないだろう」

「いやマジ、恥ずかしい。やめてやめて」

「実。私は別に怒っているわけじゃないぞ。このノートはみんなに観てもらうために一生懸命考えた動画構想ノート。いわば、これは実の成長記録ノートなんだ」

 いえ、ただの黒歴史ノートです。墨汁いっぱいのバケツにそのノートを沈ませたい気持ちでいっぱいです。

「そんな気持ちで書いた実を傷つける気はない。いやむしろ、ここからネタをもらえるからすごく助かっている」

「助かる?」

「こどもが考えたアイデアを樹成ミノリ、バーチャルユーチューバーがするんだ。ある意味、これは最高の夢動画を手がけることになるんだ。もっと、自信を持てばいい」

「でも、いくら何でも黒歴史ノートを動画にするなんて」

「実は、ミノリちゃんがバランスボールの動画でバーチャルユーチューバーの仲間入りができただろう」

「うん」

「あの動画でホントのユーチューバーなったんだ。小学生の頃、できなかったことが達成できて嬉しいだろう?」

 間違っていない。何一つ間違っていない。

 けど、なんだろう。

 気がするのはなぜだ。

「もし、このノートは変態目的で書いたのなら変態弟と言うけど、ユーチューバーになろうとした目的で書いたのだから何も悪くない」

「姉さん……」

「でも、実際にこれらをミノリちゃんにやってもらうのはな……」


 ――逆立ちしながらうどんを食ったら、スカートが丸見え。

 ――耳なし芳一のように"正”という文字を書いていくってことはミノリちゃんのやわ肌に文字を書いていくってこと。

 ――スライム風呂をミノリちゃんが入ったら……。


 小学生男子の妄想を3D美少女キャラがやるとなると、途端にエッチっく見えるとは……。

 さすがの姉さんもこれにはドン引き――、

「……3Dモデル作るのが大変だな」

 ――と、マジメに言った。

「そっち!!」

 オレの思考の右斜め上のそのまた右斜め上を行くことを言いやがった。

「逆立ちでうどんを食べるなんて片腕にかかる重さがいくらあると思っているんだ? 物理演算システムで計算して、ミノリちゃんの片腕の強度を変更しないと」

「演算システム使っているの!? あの動画!?」

 理系女子おそるべし。

「後、耳なし芳一みたいに身体に“正”を書くのはやめてほしいな」

「それはオレも思う。ちょっとエッ――」

「正という文字を一文字一文字3Dモデルにテクスチャを揃えるのはホントに大変なんだよ」

 エロいことしか考えていない弟でごめんなさい。

「あとはスライム風呂か。これならすぐにできそうだな」

「できるの?」

「ああ、空に浮かぶ巨大なスライムの中に飛び込むなんていいアイデアじゃないかな? バーチャルユーチューバーがスライムの中に飛び込む映像は大人もこどもも喜ぶはずだ」

 姉さんは動画作りに本気に取り組もうとしている。

 ――オレもガンバらないといけないな。

「反省会は以上。さて、シャワー浴びるか」

 姉さんはそういって自分の部屋を後にする。

 部屋に残ったオレは黒歴史ノートを手にし、パラパラと開けていく。

「……」

 ――死にたい。

 ――昔のオレを殺したい。

 得も言われぬ感傷に浸る。

 だが、このノートを捨てる訳にはいかない。

 このノートを元に動画を作るからである。


 ――黒歴史ノートが自分の人生を救うなんて誰が予想できたか。


 オレを救う黒歴史ノート。呪われたオレのマストアイテム。

 ユーチューバーになりたいというオレの夢がバーチャルユーチューバー樹成ミノリの力になるなんて、思いもしなかった。

 

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