第2話第2節 ミノリちゃんの黒歴史!? 樹成ミノリは仮想通貨ショック系バーチャルユーチューバー!?


 ――ミノリちゃんのよつんばいバランスボールで! みんなもよつんばいバランスボール!?


 動画タイトルに書かれたよくわからない一文。

 動画のサムネイルは、樹成ミノリが指差した右腕の上に、よつんばいで乗ろうとする樹成ミノリの姿がある。

 見る人は、なんだこれ? と、困惑する動画バナー。

 しかし、それを見たヒトは気になって、動画の中身を見たくなる。

 誘蛾灯ゆうがとうに誘われる夏ののごとく、スマホで動画を探していた萌菜はその動画を視聴する。オレは次の授業の予習をしたかったが、萌菜は強引に見るように言ったから、仕方なくオレも見ていた。

 

 樹成ミノリはよつんばいのポーズでバランスボールの上に乗ろうとする。

 途中で「アッ!」や「うわぁ!」と叫びながらバランスボールの上から転がる。実際、オレがバランスボールから落ちた時の経験を元に口にしている。――この叫びは演技ではない。あのとき感じた痛みをリピートしているに過ぎない。

 無残に転がるバランスボールと仰向けで転がるミノリ。数年前の姉さんがオレを撮った動画と同じ構図だ。

 いや、この動画自体が数年前と同じもの、違うのは背景やキャラクターが3Dモデルであるかないかの違いだ。もし、比較動画なんか作られたら、まったく同じだ、と思われるだろう。

 何度かの失敗を繰り返し、時折ミノリがバランスボールを蹴り飛ばしたりするシーンが続く中、突如、荘厳そうごんなBGMがかかる。成功フラグだ。

 樹成ミノリは無口にバランスボールの上によつんばいで乗る。

 バランスボールは固定し、ミノリの身体も固定する。うまく乗れた。

 そして、画面の右下に数字のカウントが始まる。

 1、2、3。

 4と差し掛かる寸前、バランスボールは転がり、ミノリもずっこける。女のコがしちゃいけないあられもない姿が画面に写った。

 ――これ、オレがコケた姿を元にしたんだな。

 そう思うとある種、感慨深い。

 樹成ミノリの頭にバンソウコウがつき、ミノリが「ミノリのチャレンジを見てくれて、ありがとうございました!」とお辞儀すると画面は暗転し、動画は終わった。

 

 萌菜はスマホから視線を外し小さく笑った。

「面白かった」

「ああ、そうだな」

 オレは嬉しかった。数年後のリベンジに成功した気分だった。

「アタシ、こういう動画、見たことなかったな」

「動画サイトにこういう動画いっぱいあるだろう?」

「いや? なかったよ」

 もっとちゃんと検索してください。いや、見られても困るけど。

「にしても、バーチャルユーチューバーがバランスボールの上によつんばいに乗るって発想が面白いよね」

「そう?」

「だって、普通にバランスボールの上に乗ればいいじゃない。いくらよつんばいと言っても3秒以上乗れるはずなんだから」

 すいません、運動オンチで。

「でもさ、こういうこと考えられない? バランスボールに乗った時の経験を3Dモデルで表現しているとか」

「あ、なるほど」

「そうそう」

「でも、3秒はないよ。3秒は」

 いや、ホントに難しいって。

「けど、ミノリちゃん。演技うまくなったね。アァとかグワァとか、地面に落ちたような声出すし」

 実際に落ちた時の声を数年の時を経て出しています。

「来るね。間違いなく、このコ、来るね。覇権取れる。絶対」

「ハハハ」

 オレは愛想笑いし、次の授業の準備をするために、カバンからテキストやノートを取り出す。その間も萌菜はスマホをいじくっていた。


「……うーん、やっぱりないな」

 萌菜はまいったという表情でネット動画を探している。

「何がないんだ?」

「おっさんの動画」

「おっさんの動画?」

 おっさんの動画って、星の数ほどあるぞ。

「ほら、しちゃったノワルさんの動画」

「ああ、あのヒト」


 ――黒野ノワル。

 ゲーム実況を中心に活躍していたバーチャルユーチューバー。

 黒髪のショートヘアで金の眼が特徴的な3D美少女キャラ。

 音声合成ソフトで声を当てていたが、その調声がうまく、カノジョの声目的で見に来る者もいた。

 特にノワルさんが、アクションゲームのステージクリア時に――、

「セ・ツ・ナ」

 ――と、勝利のささやきを口にする。

 サラッとドライに言い放つ「セツナ」という言葉を聞きたく、ノワルさんの動画を見る者が多かった。

 そんなカノジョの肩書は暗黒微笑系バーチャルユーチューバー。

 蠱惑的こわくてきな笑みで勝利をささやく「セツナ」というのがカノジョのイメージだった。

 ところが、そんなイメージが一瞬にして消し飛んでしまった。

 中のヒトがおっさんとしてしまったのだ。


 顔バレした後もノワルさんはゲーム実況を続けていた。

 しかし、動画のコメント欄は“おっさんおっさん”というコメントで埋め尽くされた。

 ゲームクリア後の「セ・ツ・ナ」という勝利のささやきも“おっさんのセツナもらいました”という書き込みが目立っていた。それでも、ノワルさんは逆境の中、ゲーム実況動画を配信した。

 ところが、ノワルさんは動画を投稿するのをやめた。

 身バレしました。

 その一文を最後に、ノワルさんは動画の更新をやめた。

「残念だなー、けっこう面白かったのに。あのセ・ツ・ナをもう一度聞きたかったんだけどなー」

「もうそっとしてやれよ」

「みのるはー、中のヒトがおっさんでも動画が面白かったら見るでしょう?」

「まあ、それはそうだけど」

「アタシはおっさんだから見ないとか、おっさんだから気持ち悪いとかで動画の良し悪しを決めつけないよ。まあ、気持ち悪いアレがあるけど……、おっさんは見ている側の気持ちを考えて動画を作ってるし」

 萌菜は意外とこういう割り切りはできている。二次元と三次元の境界がしっかりしている。

「こういう動画を作っている側はみんなおっさん! 人間の半分はおっさんでできてます」

「じゃあ、樹成ミノリちゃんもおっさん?」

 萌菜はオレの視線を外し、必死に考える。

「どうだろうなー、おっさんの特有の気持ち悪さがない。声がおっさんでもないし……、わからないな」

「わからなかったら別にいいよ。中のヒトより動画の方が気になるから」

「そだねー、これから、樹成ミノリちゃんの動画がどうなるか楽しみ楽しみ」

 萌菜は笑いながらスマホを動かす。

 何度かスマホの画面をスクロールさせると、ふと、ため息をつく。

「――おっさん、おもちゃにされたことを悲しんでいるのかな」

 萌菜はまだノワルさんのことを引きずっているのか。

「そりゃ、中のヒトはおっさんおっさんといじられるよりも、ゲームの方を見てほしかったんだろう」

 イジられるのが嫌いなオレは彼の気持ちを代弁する。

「でも、身バレしたらその覚悟がないとダメじゃない?」

「覚悟って?」

「身バレしたらそのでしかってこと」

 オレはその事実に気づき、ゾッとする。

 ――樹成ミノリの中のヒトがオレだとバレたらどうなる?

 おっさんはおっさんでいい。

 でも、男子高校生のオレはどう言われる?

 ――ヘンタイ高校生! ヘンタイヘンタイ!

 ……って、呼ばれるのか!?

 それだけはマズイ! マズイマズすぎる!! 仮想通貨の損失分を取り戻すところの騒ぎじゃない!

 ――樹成ミノリのキャラが殺されるだけでなく、オレ自身も殺される!


 樹成ミノリの正体がバレるだけで二人の存在は消滅する。オレはトンデモナイ世界にいるのだと、やっと実感した。


「最初からおっさんと言えば良かったのに、どうして言えなかったのかな。まあ、それとなく、お察しはするけどね」

 オレも最初に男と言えば良かったと後悔する。

「役者や声優は役と離れることができるけど、バーチャルユーチューバーはそれとは離れることができない。意外と厳しい世界だ」

 萌菜はスマホをいじる。

 ノワルさんの動画は出てこない。

 様々なサムネイルが現れるが、お目当ての黒髪少女の画像は現れない。

 チャイムが鳴いた。時間切れだ。

 萌菜はスマホの電源ボタンを押し、スマホを片付ける。

「身バレは即引退か、バーチャルユーチューバーは」

 萌菜がなにげなくつぶいたそんな言葉がオレの頭の中にずっと残っていた。

 

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