第1話第7節 はじめまして! バーチャルユーチューバーの樹成ミノリです!

 

 オレと萌菜はバーチャルユーチューバー樹成ミノリの動画を見終わった。

「……すごい素人」

 萌菜の感想はそれだった。オレの感想もそうだった。

「えっと、どう思った?」

 萌菜の目は肥えている。

 日頃からネットを漁っていることもあって、ネット動画については評論家並だ。

 コイツを満足させられないと、これからの動画づくりも難しくなる。

 ――率直な意見を取り入れて、少しでも動画を良くしないと。

 そんな気持ちが無意識に動いたのか、オレは樹成ミノリの動画について萌菜に尋ねた。

 萌菜の返事は――、

「素人」

 ――と、オレと姉さんの苦労して作った動画をその一言で片付けた。

 ……これはもう無理か。

 つまらない動画なんて誰も見ない。

 となると、バーチャルユーチューバーで仮想通貨損失補填するなんて夢もまた夢。

 ――オレはカネも家族を失うことになるのか。

 

 オレがそう思っていると、萌菜はこんなことを言った。

「でも、アタシは好きかな」

「え?」

 思ってもいない反応に、オレはそう返事する。

「声も思ったより出てるし、動画も一生懸命さが伝わる」

「そ、そう?」

「だから中のヒトがガンバれば、きっとみんな見てくれると思う」

 なぜかその言葉が穴だらけのチーズのようなオレの心に、少しだけ元気を分けてもらえた気がした。

「じゃあ、ガンバるよ」

 萌菜はキョトンとした顔を見せる。

「なんでみのるが返事するの?」

 ……マズイ。なんとかごまかさないと。

「なんとなく」

「なんとなく?」

「うん」

「ふーん、まあ、いいや」

 うまくごまかせた。

「――で、みのるはどう思うの? ミノリちゃんについて」

「いいとは思う」

「それだけ?」

「えっと、気になる」

「もっとあるんじゃないの?」

「……ない」

 いや、ものすごくある。

 メチャクチャ言いたいことが山ほどある。

 でも、言えない。もどかしい。

「反応がとぼしいけど、何かあったの」

「……えっと、そうだ! オレのことよりそっちの反応が聞きたいな」

「めずらしー、みのるからそんなこと言うなんて」

「気になるじゃない? 一般人の反応って」

「一般人ならみのるの方がそうだと思うけど」

「オレよりも萌菜の方がきちんとしたことを言うと思うから」

「ふーん。そうなんだ」

 オレにホメられたと思ったのか、萌菜は喜ぶ。

「じゃあ、一般人の反応を言うね」

 そういうと萌菜は樹成ミノリの動画を見た感想について語った。

「他のバーチャルユーチューバーと違ってイヤなアレがない。なんていうか、カワイイ女のコになりたい! みたいなおっさん特有の気持ち悪いアレがないし」

 アレ言うな、アレ。

「純粋というか、ホントに高校一年かも。たどたどしさがホンモノっぽいし、アタシ達と同じ年かな」

 こういうところはみょうに鋭いな、コイツ。

「もしそうならミノリちゃんはワタシが見たいバーチャルユーチューバー。年頃の女のコが女のコを演じるユーチューバーかな」

 確かに、同じ年のコのユーチューバーはあまりいない。

 中高生がバカする動画はいっぱいあるが、純粋にユーチューバーといえる動画があるかと言えばないに等しい。

 ――そういう意味だとオレ、ある意味、ユーチューバーかもしれない。

 でも、残念ながら、年頃の女のコを演じているのは男のコなんだけど。

「……うーん、……このコ来るかな」

「来る?」

「バーチャルユーチューバーの覇権が取れるって話」

「覇権って?」

「1クールのアニメとかで多くのヒトから支持を得られたとかの意味。この場合の覇権は、今のバーチャルユーチューバーの中、一番面白いと思ったキャラのことを言うのかな」

 サブカル知識がうといオレにとって、ネットの情報は萌菜から聞くのが一番だ。でも、サブカル関連の情報を自分から調べなくてもいいため、ネットの情報に弱くなっている理由でもある。

「多分、このコは覇権とか取れないと思うよ」

「でも、覇権取る気でいたほうがこっちとしても応援しがいがあるし」

「応援するの?」

「するよ。登録したいし」

「登録するの?」

「うん」

 萌菜はもう一度、樹成ミノリの動画を視聴する。

 今度は周りに気を使ってかイヤホンで聞く。

 ――こういう気配りできるんだから、少し黙ればモテるのに。

 オレがそんなことを思っていると、萌菜は樹成ミノリと同じポーズと取る。

「ワタシ! バーチャルユーチューバーの樹成ミノリ!」

 ――モノマネするな。モノマネするな。

 傷ついたオレの心に、グサグサっと突き刺さるからやめてくれ。

「ははは、最高」

 ――ヒトは無意識にヒトを傷つけるというのが、こういうことを言うのか。

 絶対他人にはわからない胸の痛みを、オレは痛感していた。

「にしても、なんかもったいないな」

「もったいない?」

「うん」

 萌菜はイヤホンを外す。

「こんなかわいい声なら顔出しとかしてもいいのに、そっちの方がアイドルとかなれそうなのに」

 オレがアイドルの姿で踊るシーンを思い浮かべる。

 ……なんていうか、普通に生きるのが辛くなった。

「顔出しできないんだろう。国関係の仕事とかしてるとかで」

「でも、顔出しした方が売れると思うんだけどな」

「しないしない」

 絶対、顔出しなんてしないぞ。

「みのる。今日、なんか意地ばかり悪言うよね」

「意地悪というか。その……、あれだ」

「あれ?」

 オレはとっさに思いついたデマカセを口にする。

「顔出しでショックとかして欲しくないから」

「ショック?」

「ネットで顔出しするヒトって大半、うわぁ、とか思うヒトばかりじゃない。イケボ系ゲーム実況者にイケメン支援絵を描いたのに、中のヒトみたら、うわぁって、なったらイヤだろう?」

「それはそれでたまらない! そういうの期待して見てるから!」

 お願いだからもっと強い夢持って!

「でも、萌菜だって本気になることだってあるだろう! あのキャラいいな、あ、中のヒトもカッコイイんだろうな! って、中のヒトのことを妄想するみたいなこと!」

「……声優の名前、検索したらすぐ中のヒトの画像が出てくるけど」

「でも! それでも! 萌菜にはそういうショックを受けて欲しくない!」

「――ミノリちゃんもそう思うの?」

 オレは――、

「そんなことはない」

 ――と返した。


 ……なんでこんなことを言ったのだろうか、オレ。

 ……萌菜の気持ちを傷つけたくなかったのだろうか。

 自分の気持ちがよくわからない。

「じゃあ、いいじゃない。もし、中のヒトのカオが見れてもそれはそれで面白いからアタシとしてはノーリスク」

 オレとしてはハイリスク!

「樹成ミノリの中のヒトか。すごく気になるな~」

 萌菜はそういうとニッコリして、「顔出し期待! 登録しよう!」と、樹成ミノリの気になるチャンネルに動画登録をした。

 あまりにも不純な動機にオレは愕然がくぜんとしたのであった。

 

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