第1話第6節 はじめまして! バーチャルユーチューバーの樹成ミノリです!

 

「おはようございます」

 河北さんは屈託のない笑顔であいさつする。

 オレも礼儀よく頭を下げる。

「おはよう……ございます……」

 自信ある河北さんと違って、オレは自分の声を隠すようにそう返事した。

「みのる、もっと大きな声を出してなさいって!」

「いや、その」

 オレの地声を聞かれたらまずい。

 女の声だってバレたら、間違えなく引かれる!

「いいんですよ」

 河北さんはやさしい笑顔でそういう。

「きっと緊張されているんでしょう。殿方ですから」

「みのるはいつもこんな調子だよ。まっちゃだって無口キャラはイヤでしょう?」

「えっと、……まあ」

 ――まずい、キャラ変更しないと。

 ――でも、キャラ変更って、どうすればいいの?

 オレの思考が困惑している中、河北さんは口を開く。

「でも、わたしは萌菜さんと違って、上村さんのことよく知りません。お二人がよくお話されているのは、おたがいのことをよく知っているからだと思います」

「そうかな?」

「ええ。萌菜さんはよく上村さんとお話されていますし」

「いつも一緒にいるからかな、みのると。なんていうか、話しやすいタイプだからかな。他の男と違って、反論とかしないし」

 ――反論とかしたらお得意のマシンガントークで、こっちの鼓膜を撃ち抜くからだろうが!

 とは言えず、軽く頷いた。

「上村さんはどうですか? 萌菜さんとお話されて、何か言いたいこととかありませんか?」

「いや、別に、何も」

「――口は隠さない方がいいと思いますよ、上村さん」

 やっぱり見てるんだな、河北さんは。

 オレが声とか気にしているの。

「萌菜さんも、上村さんと話をするときは相手の話を聞いた方がいいと思います。そっちの方がもっと仲良くなれますから」

「うーん、考えとく」

 これは考えない、いや、脳から記憶を取り外してるな。

「あ、そうだ。まっちゃ、面白い動画があるんだけど」

「すいません、英語リスニングしたいので一人にしてくれませんか?」

「わかった。昼休みとかでいい?」

「はい、それでお願いします」

 河北さんは頭を下げ、オレのそばを通り過ぎる。

「あなたの声、聞きたいな」

 カノジョの口元からそんな声が聞こえた気がした。


 河北さんは自分の席に座ると、カバンからスマホを取り出し、イヤホンを耳につける。そして、英語の教科書を開くと、口元を動かせる。

 ……シャドーイングだろうか、カノジョの行動は。英語をうまくなりたいから、朝から勉強している。

 朝からバカ騒ぎしているクラスからポツンと取り残されている。

 だけど、それはぼっちじゃなくて、自分のやりたいことのために研磨している行為。カノジョが発するヒトを寄せ付けないオーラは、神聖な神殿に眠る聖櫃せいひつみたいなもので、近寄りがたく、とてもまばゆい。自分を持っている。

 ――オレもあんな感じで自分を持ちたいな。

 オレが河北さんを意識するのはそういう強さを持ちたいからかもしれない。


「……あっ?」

 萌菜はいきなり変な声をあげた。

「どうした?」

「変なの見つけた」

「液体洗剤のカタマリを食べた動画とか見たのか?」

「そういうのは見ないって」

 スマホを見ていた萌菜はその手を止める。

「えっと、――ミノリ?」

 心臓がプロレスのロープ並みに引っ張られた。

 全身の血液が一気に心臓に流れ込んだ気分だ。

「カワイイ! えっと、樹成ミノリのキニナルチャンネル!?」

 萌菜は興奮して、その場で何度かジャンプする。

 というか、もう見つかった!?

 ――ネットは広いのに、世間は狭い。

 そんな言葉が頭によぎる。

「動画はまだ一つ! ってことは、アタシが始めて!! 始めてなのかな!?」

「……えっと、萌菜さん、萌菜さん」

「何? 今のワタシの人生、最高潮なんだけど」

 オレの人生はヘルアンドインフェルノだよ。

「はじめまして、バーチャルユーチューバーの樹成ミノリです。って、サムネに書いてあるってことはホントの初動画?」

「かもな」

「うわぁ、どうしよう。こういうの始めて。適当にバーチャルユーチューバーって検索したらアタリ見つけたよ」

「そうですか」

 早いところ、席に戻って欲しい。

 でも、彼女は戻ってくれない。

「ぶぅー」

 萌菜は不満げに顔を膨らます。

「なんで、そんなにそっけない態度取るの?」

「興味ないから」

「興味ない?」

「だって、よくある3Dモデルキャラだろう?」

「でも、バーチャルユーチューバーだよ! バーチャルユーチューバー! 生きのいいバーチャルユーチューバー!」

「生きのいいバーチャルユーチューバーって何だよ」

「みんなが広まる前に始めて発見したんだよ!! だったら見るしかないじゃありませんか?」

「もしかしたらおっさんとか音声合成で声を当ててるかもしれないし」

「それはそれで面白いじゃないですか。――おっさん草、大草原! と書き込んでやりますよ」

 萌菜はそういって樹成ミノリの動画を見ようとする。

 オレはそれを止めようと、萌菜の手をつかんでしまう。

「え?」

 オレの思い切った行動に、萌菜は女のコの声を出す。

「えっと……」

 オレはゆっくりと手を放す。

 ――怒っているんだろうか、それともセクハラとか言うんだろうか。

 グルグルとした気持ちの中、萌菜は口を開く。

「――一緒に見たいんだ」

 ぷぷぷと笑った萌菜の顔はイタズラ猫みたいな表情を浮かべる。

「ちが……」

「もう最初から言えばいいのに」

 萌菜はオレによりかかるようにオレの席に座る。

 萌菜の香りがオレの鼻孔をくすぐる。

「ミノリちゃんはどんな声なのかな?」

「もう学校が始まるだろう? 早く戻……」

「まさか、みのるはアタシのこと意識しているの?」

 ――別の意味で意識している。

「大丈夫大丈夫、この動画見終わったらすぐ戻るから!」

 それが一番ダメなんだよ!!


 オレは動画を止めようとしようとしたが、萌菜は動画を再生した。

 その瞬間、樹成ミノリの声が教室内に広がる!

 

「ワタシ! バーチャルユーチューバーの樹成ミノリ! いつもそっけない態度ばかり取るあなたも! ワタシのことが気になりますように!」


 クラス中に響き渡る樹成ミノリのシットリボイス。

 いつも教室で無口キャラをやりきるオレが発した地声だ。

 

 ……ああ、ぁああ、ぁああ、ぁああ。


 ――魂がグニャる。

 ――精神が崩壊する。

 仮想通貨ショックとは別ベクトルの痛みがオレの心を無残にグサッと突き刺す。

「うわぁ」

 萌菜は急いで音量を下げる。

「……みのるがいけないんだぞ。みのるが勝手に触ったから最大音になったし」

 ――何も言い返せない。

 ――やめてくれというセリフも発せない。

 全身から水分が抜けて、からびる。

 あらゆる部位が発汗、喉がカラカラでもう死にそう。

「まったく、……冷や汗かいた」


 オレは脱水症状だ!!

 

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