第1話第5節 はじめまして! バーチャルユーチューバーの樹成ミノリです!


 次の日、オレは早朝から学校にいた。

 昨晩、あまり眠れなかった。

 それもそのはず、バーチャルユーチューバー、樹成ミノリの動画が全世界で初公開したからだ。

 普通こういうものは、もっとうまく演じれなかったかなとか、もう少しあそこをよくできたらなとか、と思うもの。

 しかし、オレの心境はそれとは違って、もう野となれ山となれのやぶれかぶれの状態になっている。

 ――今からも姉さんに非公開をお願いしようか、それとも削除してもらおうか。

 でも、それをしたら仮想通貨の損失分、取り戻すことはできなくなる。

 ――いや、あんな動画、見るヤツいないだろう。

 現実的に考えて、あの動画が有名になる可能性は低い。

 バーチャルユーチューバーが流行ってきたとは言え、わざわざ動画を検索する人間は少ない。いきなり作った動画がおすすめ動画として並ぶことはまず少ない。

 そう思うと安心する。気持ちが余裕が出てきた。

 さあ、今日も一日がんばりますか――

「みのる~」

 オレの気持ちをへし折る聞き慣れた女のコの声。

 せっかくメンタルを自力でケアしたというのに。

「みのる~、みのる~」

 オレは喉を押し上げて、声を作って返事する。

萌菜もなか」

「もなかって何。萌菜だよ。萌菜」

「そう言ってるだろう。まったく」 

 萌菜はオレの席の前にある椅子に座る。

「今日は早いな」

「家に居ても面白くないし、学校に居た方が楽しくない?」

「確かにそうだが、そんなにつまらないか?」

「面白くない話ばかりしてるから」

 萌菜はスマホを手にし、さっさとパスワードを解く。

「テレビとかネットとか、仮想通貨の話で面白くない。高校生にお金の話をされてもイヤだし」

 オレは無口で頷く。

「仮想って何? 仮想通貨って。現実のお金の違いって何!?」

「違いがあるから買うんじゃないの?」

「そういうものかな?」

「そういうものだよ」

「ふーん。情報を出してる側は高校生が興味持って、貯金すべて仮想通貨にぶっこむとか考えないのかな」

「……いや、そんなバカするヤツいないから」

 いつもオレならそう言うだろうという思考で返す。

 心の中はもう黙ってくれとお願いしている。

「みのるもそんなバカなことしないでしょう? ねぇねぇ」

「あははは」

 萌菜よ、もうこれ以上オレを追い詰めないでくれ。

 

 ――しょう萌菜もな。オレの幼なじみの女のコ。

 よくくだらないことを口にするコで、ネットの情報を集めるのが趣味。

 息継ぎなしのマシンガントークで周りを疲れさせる。

 オレが無口ということをいいことにしゃべるのだからホント、頭痛の種だ。


 見た目は小柄で髪はサイドアップテールでカワイイ。

 なのに、こういう性格で損している。ホント、もったいない。

「ねぇ、みのる」

 萌菜はスマホの画面をせわしくなくタッチしながらオレを呼びかける。

「なに?」

「ちょっと見て欲しい動画があるんだけど」

「何?」

「バーチャルユーチューバー――」

 オレの心臓が止まる。

「――のみなとつなぐちゃんの動画」

 オレの心臓が息吹き返す。

「どうしたの? さっきから顔色がジャンジャン変わってるけど」

「何でもない」

 ――今日はうまいことパンチジャブ入れるな、コイツ。

「それで何を見せたいんだ?」

「つなぐちゃんのゲーム実況動画で面白いのがあった」

 そういうと、萌菜は港つなぐのゲーム実況動画を見せる。

 そこには即死ゲーの“wanna罠“に苦戦する港つなぐのゲームプレイ動画があった。


 ゲーム動画の右下に写る3D美少女キャラ、港つなぐ

 桃色ボブカットヘアが印象的な女のコ。

 いつもは笑顔のカノジョだが、今日は少々いかつい顔だ。

「即死ゲーなんてウソウソ。楽勝楽勝、こんなの」

 つなぐちゃんが操るオトコのコはピョンピョンとジャンプし、道中に仕掛けられた罠をスイスイとクリアしていく。

「ここに見え見えの大きな三角形が見えますね。これに触れたら即ティウンだから、ここをジャンプして――」

 つなぐちゃんがそう言った瞬間、大きな三角形が破裂して、無数の小さな三角形と現れた。

 ――それらがホーミングミサイルのごとく、オトコのコを追いかけてくる。

「ウソウソウソ!!」

 つなぐちゃんは悲鳴をあげて、三角形から逃げまくる。

「あそこのドアに入れば、回避できる!!」

 そういって、オトコのコはそのドアに入ろうとする。

 しかし、そのドアがバタンと開いた。

 オトコのコはそのドアと激突し、即死した。

「そんなのありぃぃぃいい!!」

 絶叫の悲鳴。何処からそんな声が出たのと言わんばかりの高音を出す。

 右下にある3Dモデルも白目を向き、あわわと口から泡を吹いた。



 萌菜はつなぐのゲーム実況動画にニヤニヤと笑った。

「やっぱり、面白いね。つなぐちゃんの動画」

「うん」

 確かに面白かった。

 ――楽勝楽勝と言いながら、あっけになく死んじゃう姿はまさしく理想的。

 自然と笑いがこみあげる。もっと見たいと釘付けになる。

 さすが、バーチャルユーチューバーの中で一番の再生数を誇る存在だ。

 

 ――みなとつなぐ。

 バーチャルユーチューバーの黎明期れいめいきに登場したキャラ。

 男が大好きな要素をテンコ盛りした美少女キャラなのに、女のコからの支持も厚い。

 再生回数は10億突破、登録者300万人以上。

 日本だけなく海外からも注目置かれているユーチューバーでもある。

 カノジョの動画のコメント欄には――

 Kawaii.Kawaii.

 ――の文字が並んでいる。

 日本を代表するバーチャルユーチューバー、いや、世界を代表するバーチャルユーチューバー!

 と、萌菜は力説する。


「いや、やっぱりこのコ持ってるね。ここでやられたらダメという所で、ちゃんと死んでくれる。でも、ダレるプレイはしないから、ついつい最後まで見てしまう」

 萌菜はどこぞの評論家のように、港つなぐのゲームプレイを解説する。

「しかも、見ている側が欲しいと思うリアクションをちゃんと取ってくれる。そこら辺にいる芸人よりも芸人だよ! このコは!」

 萌菜は少し興奮気味に話す。

 クラスメイトの何人かはこっちを見ているから少し抑えて欲しい所だ。

「萌菜さん。何か、楽しいことがあったのですか?」

 後ろから聞こえるやさしい声。

 それを聞くだけでオレの背中がゾクッとする。

「おはよー、まっちゃ」

 萌菜は手を振ると、オレは後ろを向く。


 清廉な空気を身をまとう可憐な女子生徒。

 ストレートの長髪で清楚という言葉がよく似合う。


 ――カノジョの名は河北かわきた真知まち

 今、オレが一番気になっている女のコがカノジョだ。

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