第1話第4節 はじめまして! バーチャルユーチューバーの樹成ミノリです!
バーチャルユーチューバーになった記憶を辿っていた。
ろくでもないことが原因でとんでもないことに巻き込まれた。
仮想通貨ショックの損失補填のために、バーチャルユーチューバーになるなんて話、何処にある? って話だ。
「ああ、……もう」
思い出すだけでまた自己嫌悪、なんでこんなことばかり思い出すんだろう。
「実、どうした? 自分のカワイさに興奮したか?」
「興奮どころか、自己嫌悪シーズン到来中だよ」
「えぅ? すごくカワイイじゃないか。中のヒトがオマエだと思うだけで、妄想が
「はかどらないではかどらないで」
「みんなに自慢していいんだぞ、これ」
誰が自慢するか。ただでさえ、自分の女っぽい声で困っているのに。
「今はもう何も考えたくない」
「でも、実、オマエができることはこれしかないぞ」
姉さんはパソコンのディスプレイから視線を外し、姉さんのベッドの上でもだえ苦しむオレを見る。
「学校は一切バイト禁止、父さんお母さんに頼むわけにはいかない。となると、頼れるのはお姉様しかいないだろう?」
「まあ、そうだけど」
「私だってけっこう責任感じてるんだよ。実の投資熱がすごい熱いとは思わなかったから」
「オレ、何かに熱中すると四六時中そればかりするから」
「だから、私ができる最大の方法で、実の損失額を埋めてあげようとしているんだよ」
「それは大変ありがたく思います。けれど、いくら何でも
「高校生が投資目的で仮想通貨持っている方がおかしいと思うけど」
「仮想通貨はこれから先、新たな経済圏を起こす革命的パワーを持っている素晴らしいモノで、国の単位でなく経済活動そのものに価値を与える貨幣で――」
「私に口座を開かせるために用意した仮想通貨の論理武装はイヤってほど聞いたけど、――実が言ったこと、ここで全部話そうか」
「お願いします。やめてください」
これ以上、傷口に塩をローション並にぐりぐり塗りたくるのはおやめてください。悲鳴が出ます。泣きます。泣き散らします。
「でも実、これはチャンスなんだ」
「チャンス?」
「バーチャルユーチューバーは普通のユーチューバーと違って、あまり参加者が居ないフィールド。いわばミジンコのいないブルーオーシャン。今から普通にユーチューバーになっても誰も見ないし、時間のムダだ」
姉さんの言うとおり、動画投稿サイトは過渡期を迎えている。
誰でも参加できる動画配信は多くのヒトをユーチューバーにさせた。
しかし、すべてのユーチューバーが有名になれるはずもなく、一人また一人、動画配信をやめていった。
――何か面白い企画か発想がないと誰も見てくれない。
動画投稿サイトは面白いだけでは生き残れない実力社会の構造が見えてくる。
「バーチャルユーチューバーは新しい動画の可能性をもたらしてくれるツールだ。一つの動画で再生数100万回、いや、1000万回以上、いってもおかしくない」
「おお!」
「再生数が多ければ多いほど、お金は一気に稼げる。世界最高峰のユーチューバーレベルになれば、100万なんて損失じゃない。なんせ、アイツら10、20億円を稼ぐバケモノなんだからな」
「マジ?」
「マジマジ」
ユーチューバーって、マジ、ヤベェな。
「3Dモーション、背景、音楽、効果音、動画編集もすべて姉さんがするんだ。実がすることは声を当てるだけなんだ」
そう考えるとすごく簡単に思えてくる。
――ただ、声を当てればいいだけ。
大変、魅力的な仕事。難しいことは姉さんがすべてやってくれる。
――これをやらない手はない!
楽観的に考えていたオレだったが、ふとあることに気づく。
「でも、それって、多くのヒトがオレの動画を見るってことでしょう?」
「当たり前だろう?」
「……ってことは、オレの声もみんなに広まる?」
「そうだけど」
姉さんは何おかしいこと言ってるの? という目つきでオレを見る。
「いや、ちょっとまってまって」
少しだけ考えよう。
――バーチャルユーチューバーは中のヒトが出てこない。
――だけど、中のヒトはそのキャラに声を当てる。
――その声を聞いた人間は中のヒトに興味を持つ。
――その声から中のヒトを探そうとする
日本人1億、いや全世界80億が中のヒトを探すようになる。
すなわち、全世界が樹成ミノリの中のヒトを探し当てる追跡者となる。
「……あぇぇあっ」
マズイ!
これ、マズイ!!
すごくすごくすごくマズイ!!
「どうした実? 演技力ないことに悔やんでいるのか?」
「それはそうだけど、……いや、それよりも! この動画をアップロードしたら、オレ、もう樹成ミノリの中のヒトになるよね!?」
「ああ、そうだね」
「じゃあ、みんな、オレが樹成ミノリだってことに気づくんじゃないの!!」
「
「そうそう!! その動画アップしたら、オレは樹成ミノリになっちゃうって話!」
「別に、声を当てるだけで、踊ったりとか歌ったりなんかしないよ」
姉さんはバーチャルユーチューバーはノーリスクと説明するが、そうは思わない。
この声でまたイジられる。
いや、全世界の人間がオレの声を気持ち悪いと思われる。
――やっぱ、ハイリスクしかねえ!
「姉さん! やっぱり、オレ……。オレ!」
「――実、ここで動画をアップロードするのをやめたら、どうする?」
「……どうする?」
姉さんは動画投稿について、こう話し始めた。
「動画投稿サイトはみんなが興味を持ってくれるモノを持ってくれないヒトしか生き残れないサバイバルゲーム。そのサバイバルゲームで参加しているヒトは星の数ほどいる。みんな、くだらない動画をいっぱいあげているが、心の中じゃどんな手を使ってでも生き残ってやるというハングリーさでいっぱいなんだ」
……
「動画を投稿しても再生数1とか2なんてことは普通。結局、自分の興味と関係のない動画は無視される。それは実もよく知っていると思う。自分の作った動画はこの世界に存在しないことになるんだよ」
……
「この樹成ミノリの動画もこの世界に存在しなかった動画になるかもしれない。なんせ、この動画は素人が作ったバーチャルユーチューバー。しかも声を当てているのは演技経験のない男子高校生だ。素人感を売りにして少しずつ成長する姿が見たいと私は期待しているけど、視聴者は完成したバーチャルユーチューバーが見たいのかもしれない」
……
「でも、ここで動画を投稿しないことは何もしなかったことになる。動画を投稿しても誰も見てもらえない可能性はある。けれど、前者と違って後者にあるのは、この世界に存在することができる。つまり、樹成ミノリを気になってもらえる視聴者がいることで、カノジョはここに存在することができるんだ」
……
「お金が欲しい、でも恥はかきたくないとか色々な感情が渦巻いていると思うけど、まずはこのコの存在が確立しないことにはそういう感情もムダなだけ、無意味に自分を傷つけたに過ぎない。どうせ傷つくなら、動画を投稿してから傷ついていいだろう?」
……
「私が言いたいのはそれだけ、動画を投稿するかしないかは実が決めろ。私が勝手に決めたらこれからの動画作りに支障をきたすからね」
そういって、姉さんは椅子から起き上がり、オレに座るように促す。
オレは椅子に座り、マウスをつかんだ。
「この動画をここにドロップすれば、アップロードが始まる」
動画ファイルをクリックする。
「オマエがこの動画をアップしなかったらこの動画は存在しない。だけど、この動画はアップすればこの世界に存在することになる」
ブラウザ上にある動画投稿サイトへと動画ファイルをドロップする。
「決めるんだ、実。樹成ミノリちゃんをこの世に確立するかさせないか」
マウスを右クリックキーを放す。
すると、動画ファイルは動画投稿サイトにアップロードされた。
「よしよし」
オレはバーチャルユーチューバー樹成ミノリの動画を投稿した。
自分の意志でそう決めた。
「後は時間を決めて公開するだけ」
姉さんはマウスをつかむと、さっさと作業をすます。
「さて、アップロードが完了するまで、お風呂に入るか。一緒に入ってもいいぞ」
「……今日は遠慮しとくよ」
「まったく、つれないな」
姉さんはそういって、自分の部屋から出て行った。
動画アップロード画面をただただ見つめるオレ。
おそらくこの待っている時間を有意義に使うべきなのだが、今のオレはただただそれを見守るだけ。
――ああ、ああ。
仮想通貨ショックとはまた違う心の
カネとハジのダブルパンチがみぞおちに来る。
「オレの醜態がさらされる……」
動画アップロードが完了するまでオレは自分の過ちについて悩み悔やんでいた。
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