第1話第2節 はじめまして! バーチャルユーチューバーの樹成ミノリです!
ネット上にはFXで有り金全部溶かした人の顔の画像があるが、まさか自分がそんな顔をするとは思わなかった。
目がスライムのようにただれ、口がおちょぼ口になって何か魂が抜けている。
思考は『なんでなんでなんで』と連呼し、感情は『アヒャヒャヒャヒャ』と笑っている。
端から見たら近づくな危険。
KEEP OUTテープで巻きつけられていても仕方がない。
「おい大丈夫か? 実」
誰から声を掛けられても、無視する。
――キモチいいんだ、この虚脱感。
――天と地の境界線を失った感じ。
――足がついていない浮遊感がココチイイ。
――アヒャヒャアヒャヒャ。
「大丈夫か、おい、大丈夫か?」
クラスメイトのみんなが本気で心配する。
でも、オレはかまわず、妄想を暴走させる。
――ウヒャウヒャヒヤヒャ!
「保健室! 保健委員!! 保健室だ!」
オレは誰かに連れられて保健室で寝込む。
――シーツがオレで、オレがシーツ。
――この軽い感じもまたいいな。
――布団と一緒になれたら一生幸せなのに。
完全にあちら側に行ったオレの思考。
なぜ、こんな逃避思考をしているのか、それにはワケがある。
全世界が
暗号通貨の価値が雪崩のごとく一気に下がり、すべての仮想通貨の価格が100分の1まで落ちてしまった。
ある者は貯蓄全て、ある者は全財産がパーになった。
そして小学生から蓄えてきたオレの貯金はすべて失った。
毎月のおこづかい、親戚からお年玉の分から積立てて、お母さん銀行に預けなかった全貯金額の100万円がどっか行った!
――ありえない! ありえない!
――仮想通貨は儲かるって聞いたのに。
姉さんに無理やり仮想通貨口座を作って、そこに全財産に入金した結果が、これだ!
――ぁひゃひゃ、ぁひゃひゃひゃのひゃ。
脳がトロける感じ、IQがとめどなく落ちる。
――父さんにどう言おう。
――母さんにどう言えばいい。
自分の過失で消えた100万円。
何とも言えない仮想通貨ショックは高校生のオレの心に大きなキズをつけた。
自宅へと帰る中もオレの頭は後悔でいっぱいだった。
授業の話など上の空。
今日の昼、何を食べたのかよくわからない。
もしかすると、母さんが作ってくれた弁当を隣のコに売りつけたのかもしれない。
でも、カバンの重さから察するに今日は何も食べていなかったのだろう。
――食べ物が喉に通らないとはこういうことを言うんだろうか。
そんなことを思いながら、オレは自宅のドアを開ける。
そこには父さん母さん、そして姉さんが話し合っていた。
「おかえり、実」
母さんがオレに声をかける。
「あ、ただいま」
やっと脳が現実に戻る。
「実か。いいところに帰ってきたな」
父さんがオレを見る。
「あれ? 会社は」
「ちょっと早帰りする用件があってな」
「用件って?」
「おい、実。スマホ見たか?」
――そういえば、今日、スマホの電源、入れてなかったな。
「ま、いいか。今、言えばいい」
父さんは一度咳をすると、用件を口にする。
「これから父さんな、海外出張することになったんだ」
「え?」
あまりにも予想外のことに、オレは驚く。
「仮想通貨ショックの一件で会社が大変なことになってな。父さんアメリカに行かないといけなくなったんだ」
「マジ?」
「マジ」
高校生なら憧れる父親の海外出張のシチュ。
しかし、あまりにも唐突のことで頭が整理できない。
「金融関係で働いているのは知っていたけど、アメリカまで行く用事あるの?」
「サブプライムローンとかアメリカであっただろう? 投資商品にそういうのが含まれていたから大きなことになった。ウチの会社が売り出している投資商品に、仮想通貨関係のが含まれている可能性があるかもしれないから、現地でチェックすることになって」
サブプライムローンとか投資商品なんてよくわからないが、けっこうヤバイみたいだ。
「だからしばらくあっちで仕事をする。まあ、ちょくちょく電話とかメールとかするからさびしくないかもしれないが」
「まあ、うん。ガンバってね」
「ああ。――あ、そうだ。お金で思い出したんだが……」
父さんはオレの目をのぞきこむ。
「オマエ、お金、ちゃんとあるか?」
心臓が止まった。
「いやぉえ、おあわぅ、えぉ」
声が変にうわずいた。
「どうした? いきなり」
父さんは首を傾げる。
「いや、別に何もない」
「そうか。まあ、ムダづかいしない、オマエのことだからな。お金はあると思う」
ゴメン。スッた。
「けどな、仮想通貨ショックの一件で、やっぱりお金は銀行とかに預けるのが一番だと思ったんだ」
「いや? 銀行はまずくない? マイナンバーとか紐付けられてるし!」
「普通に安全だろう? たとえ、誰かにハッキングされてもその証拠を警察に届け出できるから」
「えっと、けど――」
持っている知識フル動員するが、あいにく相手は金融関係のプロだ。何を言っても
「まあ、オマエが不安がるのもわかる。でも、今の時代、いつお金を失うかわかったものじゃない。だから、父さんが帰ってきたら、オマエ専用の銀行口座を作ろうと思う。仕送りとかも送りたいからな」
「うん、まあ、うん」
「父さんが海外帰ってきたら、その銀行口座に全部預けること! いいな!」
「……はい」
何も言い返せず、そう返事した。
「もう時間だな。日本に帰ってくるのに早くても半年かかると思う。二人のおこづかいはお母さんからもらいなさい」
ここでオレは直感的に閃く。
「おこづかいをもらうのなら、バイトがしたい」
「バイトはダメだ。学校でも禁止だろう」
「それはそうなんだけど」
「一番学力の伸びるのが今なんだ。この時期を逃したら、いつ勉強するんだ? 仕事しながらとかほぼ無理だぞ」
「それでも、お金がないと色々とできないし」
「別に遊んではいけないとは言ってない。おこづかいはそれなりにあげているつもりだし、参考書も父さんが代わりに買っているだろう?」
「ああ、うん」
「恋人も作ってもいい、遊びもほどほどならしてもいい。でもバイトはダメだ。大人の常識を身につけてから仕事をしないとみんなに迷惑をかかる」
おっしゃるとおりでございます。
「知識を身につければ人生の選択肢が増える。人生は取り返しがつかないから選択は多いに限る。知識がないままで間違えた選択を選ぶのは、仮想通貨ショックで全財産をなくしたヤツと同じだぞ」
はい、目の前にいます。父さん。
「誰かの口車に乗せられて自分の人生を失った人間はこの仕事をしてきて、イヤってほどわかっている。それを取り戻そうと必死になるとき、ヒトは大切なものを見失うんだからな」
はい、ホント、よくわかります。
「お金のために働くのなら父さんが代わりに働く。まだ知識も何もないオマエにはお金で苦しんで欲しくない。欲しいものは父さんに言え、いいな」
……父さんホントにゴメン。
「じゃあ、行ってくる。母さん、仕事と家事で忙しいかもしれないが、必ず帰ってくる」
「はい。待っています」
「
「うん、わかった」
「実。みんなを頼むぞ。この家にいる男はオマエしかいないからな」
「はい」
「それと、父さんが帰ってきたらお金を全額、銀行に預けるんだぞ」
「……はい」
そういうと、父さんは重いカバンを引きずって、自宅から出ていった。
「実来ちゃん、実くん。だいじょうぶ? いきなりのことで」
母さんはいきなりのことで戸惑っていると思い、オレたちに声をかける。
「私はだいじょうぶ」
「実は?」
オレは力なく笑った。
「もう寝たい」
「え!」
母さんは何処に笑う要素があるんだと思い、驚く。
「今日はもう寝たいんだ」
そういって、オレは自室へ戻っていく。
「父さんが急にいなくなったの、そんなにショックだったかな」
「……うん。多分そう」
「実! 今日は元気が出るもの作ってあげるわね!」
母さんの呼びかけに何の反応もできない。
とかく、今のオレは寝て、少しでも体調を整えたかった。
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