バーチャルYouTuber樹成ミノリは恋も動画も実らない!?

羽根守

第1話 はじめまして! バーチャルユーチューバーの樹成ミノリです!

第1話第1節 はじめまして! バーチャルユーチューバーの樹成ミノリです!


 3D空間に現れる水色の髪の美少女、樹成キナリミノリ。

 カノジョが地面に着地すると、モノクロだった背景が色づく。

 ミノリは色を取り戻した空間の中であどけない笑顔で画面の前にいるヒトに向けて元気に手をふる。

「ワタシ! バーチャルユーチューバーの樹成ミノリ! いつもそっけない態度ばかり取るあなたも! ワタシのことが気になりますように!」

 頬に人差し指をつけて、首を傾けるしぐさを取る。

 そのとき、ニコッと笑顔を見せてから指を差し出す。

 これが樹成ミノリの気になるポーズだ。

「ミノリはまだ右も左もわからない女のコですが、動画を見ているみなさんと仲良くしたいです!」

 画面の向こう側にいるともだちに向けてパッと両手を差し出す。

 その一生懸命さを声で演じているのがオレだと思うと、なんだか背中がムズムズする。

「それで、えっ、えっと、とりあえず、バーチャルユーチューバーの樹成ミノリの自己紹介を始めます!」

 わざとらしい演技に見えるが、ホントは素。

 何言えばわからず、頭が真っ白。

 台本の文字が読めなくて、あわわわな状態だった。

 このとき、もう舞いあがっていた。

「ワタシは16才! 永遠とかじゃありません! ホントに16才! 高校にも通っています!!」

 ミノリの中のヒトも同じ高校一年生。年も同じく16才。

 カノジョとオレと違う点を挙げれば、カノジョはバーチャルユーチューバーに対して、オレはこの世界にいる人間。

 さらに違う点を加えると、カノジョとオレの性別は違う。

 だけど、違う性を持つ二人が一人のキャラクターとして存在している。

 樹成ミノリとして。

「好きなのは柿ピー! 嫌いなのはキノコ。なんか噛みごたえが気持ち悪いから」

 ……なんでこんなどうでもいいこと言ったのだろうか。

 台本にないアドリブ任せの項目。

 追い詰められた自分が発した言葉に恐怖する。

 隣で鑑賞している姉さんが必死に笑いをこらえている。

「ワタシが目指したいもの……えっと、皆さんによろんでもらえるバーチャルユーチューバーになること! 目指せ! 再生数1000万!!」

 片手をつきあげて、目標を掲げるミノリ。

 でも、ホントに再生数1000万行かないと、オレ、死ぬかもしれない。

 だから、この数字だけは本気の目標だ。

「これからもワタシの活躍を見守ってください! あ、そうだ! 動画が終わる前に、樹成ミノリのキニナルチャンネルに登録してね! じゅあ、またね!!」

 ミノリは笑顔でバイバイと手を振って、画面は暗転する。

 ……地獄は終わった。

 

 スマホに写る動画のシークバーが右端に着くと、姉さんは腹を抱えって大笑いした。

「あぁあ! おもしろい!! 最高!! 最高!」

 姉さんはたまっていたものを吐き出すように笑い出す。

「最高! ホント、最高だよ! ミノリちゃん!」

 オレの手をぎゅっと握って、半笑いで話しかける。

「オレはミノリちゃんじゃない! みのる! 上村うえむらみのる!」

「いいじゃないか。さっきまで樹成ミノリだっただろう?」

「それはもう……、そうだけど」

 オレはディスプレイパソコンに写る3Dの美少女を見る。


 ――樹成キナリミノリ、オレが先ほど声を当てた3D美少女キャラ。

 水色の髪で近未来的な衣装を身にまとう少女。

 起伏のないなめらかな身体。

 ノースリーブとミニスカートの姿がそれを強調する。

 カノジョが疑問を持つと、すぐはてな? と首を傾げる。

 かわいい動きをしながら、多彩に表情を変えてくる。

 老若男女問わず、人気が出てきそうなバーチャルユーチューバーだ。


 ただ一つ問題な点があるとすれば、中のヒトがオレってこと。

 姉さんが趣味で作ったキャラクターをオレが演じているのだ。

「ミノリどうだ? 自分が声を当てた美少女は?」

「もういや」

「すごく様になっているよ。なんていうか、……エロい、エモい! って言うの?」

「エロいエモい言わないで。それトラウマだから」

「ああ、そうだったそうだった。実が中学校の時、全然変声期来なかったからみんなからイジられてたね」

「だからオレ、地元の高校じゃなくて、少し遠い進学校に行ったんだよ。そこでもイジられたくないから黙っていたら、いつの間にか、無口キャラになっていたし」

「そのおかげでいいしっとり声になっている。男性が女性を演じる気持ち悪さが全くない。最高。さすが、変声期を忘れた男のコの喉だ」

「もうだまって……」

 なんだかもうすごく自己嫌悪だ。

「でも、これ、オマエがお願いしたことだぞ。お金を合法的にすぐ稼ぎたいと言ったのは」

「それはわかる」

「3Dモデルも動画編集、台本とかも私が用意した。こんなこと、ふつうありえないから」

「それもわかる」

「だからとやかく文句言うのは贅沢じゃないか」

「うん。けどね……」

 オレはパソコンのディスプレイに写る美少女を指差す。


「いくらなんでもじつの弟を! バーチャルユーチューバーにさせることはないだろう!!」


 そう、上村実は、ワケあって、バーチャルユーチューバー、樹成キナリミノリになったのだ。


 ――バーチャルユーチューバー。

 自分の姿をCGキャラクターとして映す動画がバーチャルユーチューバー動画。

 カワイイ3DのCGキャラクターたちが雑談やゲームする姿が話題となり、ネット視聴者は増え続けている。

 自分が描いたキャラクターで動画を作成することもできるため、オリジナル創作キャラクターをネット上で活躍させることも可能となった。

  

 ……しかし、オレがなりたかったのはこれではない。

 オレがなりたかったのは普通のユーチューバーなのだ。

「小学生からの夢が叶ったじゃないの!」

 姉さんは笑いをこらえるように言う。

 ――確かに、そうだったけど、こんなカタチで叶えてほしくない。

「……もうやめてよ、姉さん。オレ、キツい」

「でも、それしかオマエがお金を稼ぐ方法はないだろう」

「まあね……」

 オレは少し前のことを振り返る。

「……あんなことがなければ」

 そう、あんなことがなければ、オレはバーチャルユーチューバーにはならなかった。

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