家族会議
久々の、家族三人の集合である。
長い机の端が三席だけ埋められた状態で、給仕が静かに前菜を運んできた。少し早い反抗期なのか、ラミエルは絶対に父であるミラケルと視線を合わそうとしたなかった。
普段はミラケル直属の騎士たちが一堂に会する日曜のディナーで、彼らが席を外したのは、他ならぬミクの願いによるものだった。
料理長が、いつものように料理の説明を行う。ラミエルは早く食べたいのか、地につかない足をブラブラと持て余して不満げだ。
「ラミエル、ちょっとは行儀よくなさい」
「……うるさい」
「母上に対する口の利き方を覚えなければいけないな」
「父上には関係ないでしょう」
母は子を想い、父は母を想い、子は両親を想っていながらも言葉にはだせない。料理長は見かねて、説明を切り上げる。
「……すまない、続けてくれ」
「仰せのままに」
料理長はまだ幼い子どもの目を柔らかい眼差しで見つめた。そして、ゆっくりと話し出した。
「私の兄は、ミラケル殿下の元で働いて……そうですね、十五年ほどになりますか。私たち兄弟には、親がいませんか。年の離れた私という弟を抱えて、それもミク殿下と同じくけもみみを持ち……けもみみが当時差別されていたということは、ラミエルさまもご存知ですね?」
ラミエルは、突然変えられた話題に困惑しながらも、料理長の目にうながされるようにコクリと頷く。
「当時、ミラケル殿下は難しい立場に立たされておいででした。第二王子だった御兄上が急死され、急遽この屋敷に移り住まれたのです」
当時幼かった第二王子の母親は、肉屋の娘だった。血と肉を扱う職業は王国では長らく蔑視の対象となり、その娘の美しさもまた悪女の象徴と曲解された。第二王子は生まれというどうにもならないことで王宮内で厳しい立場にあった。その矢先、彼は急死する。
様々は憶測を呼んだ死であった。まだ幼いラミエルに、料理長もそこまで話はしない。
「王というものは大きな権力を持ちます。王が王位継承権を授与した皇太子という王子しか王にはなれませんが、その皇太子に子がいなかった場合、次の皇太子には皇太子の兄弟の子がなることができます」
敬称がつかないことから、一般論であることはラミエルにもわかった。
「ミラケル殿下は、疑われたのです――自分のお子を皇太子にするべく、兄を討ったのだと」
「そんなッ」
ラミエルはつまらない説教だと思い足を眺めていたその視線を、弾かれたように料理長に上げる。
「そんなとき、私はミラケル殿下に召し抱えられました。殿下の兄上に仕えていた私の兄とともに」
今度はミクが彼へと目線を向ける番だった。
「もしかして、貴方はラカルの弟なのですか」
料理長は目を伏せる。
「今まで隠していて申し訳ありません。兄は殿下のもとときに危険な任務にもつくから、お前は正体を隠せと言われてきました。しかし、もういいでしょう――兄はその言葉を忘れているのか、もう正体を隠さないでいいと言ってくれないのです」
料理長は続ける。
「それはともかく……殿下は第二王子となられてから、あろうことか亡くなられた兄上の元にいた騎士や召使いを大量に召し抱えられました。それこそ、国民と移民の区別をつけず、大量に。そして、ミク殿下というけもみみのお妃まで。これは、はっきりいって自殺行為でした。まるで自分には権力に対する執着がないと公言されているようなものでした」
しかし、と彼は言った。殿下はそれが目的だったのだ、と。
「まるきりしがらみのない状態で、奔走されておられた――」
「何のために?」
「未来の、あなたのためです。これから生まれるすべての子どもたちのためです。この国に生まれてよかったと、誰もが誇りを抱けるように。そうですよね、殿下」
ミラケルは遠い目で頷いた。ミクと出会ったころ若かった彼も、いい歳になっている。その目には理想を追い求めては拒絶された苦い経験も確かに宿っている。そんな父親の顔を、不思議そうにラミエルは見つめている。
「――そして」
料理長は不意にミクに振り返った。
「殿下をそうさせたのは、間違いなく、ミクさま、あなたです」
「……えっ」
出会う前から、ミラケルは移民問題に取り組んでいたはずだとミクは口にしようとした。しかしミラケルの言葉に遮られる。
「君の歌に、私が幼いころに死んだ私の母を見た」
「……はい」
ミクにとっては聞いたことのある話だった。「私の母になってくれ」とミラケルに願われたこともある。
「それまでの私は移民のことを考えながら所詮我々とは違う存在なのだと思い心のなかで見下していた。おかしいだろう? それが君と出会った瞬間に溶けて消えた。母も君の同じ人間なのだと思った」
「殿下……」
ラカルの弟である料理長が口を開いた。
「今宵のメインディッシュは鴨肉の初恋仕立て……ミディアムの鴨肉に甘酸っぱいイチゴのソースをかけてみました。その前に、オードブルが冷めてしまいますよ」
料理長の促しで、三人は一斉にフォークとナイフを手に取った。そして、一堂に言う、美味しいと。
久しぶりに、家族がわだかまりなく会話でした一日となった。
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