信念あらば

 移民学校のカリキュラムは時を経るごとによりよいものへと改良されていった。さらに、教師と生徒の交流から新たな問題点が明るみになることも珍しいことではなかった。


 様々な国から来た移民たちは、当然様々な宗教を信じている。王族の関わる学校などに入ってしまえば棄教を迫られるのではないかと怯え入学を諦めた移民がいるときき、ミラケルは早速、カリキュラムから宗教の項目を消した。


 また、自ら各国の宗教を学び、埋葬方法や独特の習慣などを調べた。いま彼は、それを一冊の本にしようとしている。


 難しすぎず、しかし簡略化し過ぎず、誰もが異国人との関わりに必要以上に怯える必要がないように、宗派もできるだけ多い収録し、細かい教義の違いも収録した。


 しかし、一番てこずったのは墓地だった。ミラケルは自分の直轄領に入った途端にあからさまにため息をつく。


「やれやれ……他国の人間の墓地を築くだけでなぜそれほど毛嫌いされねばいけない」


「まあ……国民には怨霊などという伝承を信じている者もおおいですから」


 ミラケルに次ぐ駿馬を与えられたラカルが苦笑する。というのも、王国にはなじみの薄かったある宗教は死者の埋葬方法として土葬しか許していない。


「しかしだよ、ラカル。違う神の元にいる民が、なぜこちらの宗教の”怨霊”などというものになるのか、教えてほしいね」


 ルミディア王国では死者は火葬するのが一般的である。それは、彼らが死者の肉体を焼くことで死者の現世への未練を絶ち、生者に害をなすことを防げると考えているからだ。


「まあまあ、昔から人間は、腐敗する肉体に一種の恐怖を感じてきたのでしょう」


「そして神が必要になった、か」


 ミラケルはそういえば、とラカルを振り返った。


「あの件はどうなった」


「はっ、別々の一神教を信じる者が暴動を起こしたという問題でしたら、警察の鎮静化が成功したそうですが?」


「ううむ……」


 わかりあうために相対しているというのに、一神教徒というのはなんとも御しがたい。己の信ずる神が唯一の神と信じて疑わないのだが、それは「他の神を認めない」ということになる。それが彼らの対立を産み、一部が暴徒化することが多々あった。


 できれば力で押さえ込むことなく沈静化したいのだが、話してわかる状態でないならば国民に危害が及ぶ前に押さえなければいけない。しかしそれが尚更憎悪を駆り立てるということもミラケルにはわかっている。


「神が全知全能というのなら、なぜ彼にとっての敵である異教徒を説き伏せるくらいの教えを授けなかったのだろうな」


「さあ……一神教徒かれらに言わせれば”それも神の下した試練”なんでしょう」


 こんな皮肉を他ならぬ一神教徒に聞かれたら、それこそラカルが”かれら”に敵視されかねない、それほど彼らは繊細なのだ。


「誤解を恐れずに言うなら、とても厄介だな。決して悪い人間たちではないと思うのだが」


「信心深い者たちだからこそ、自分たちの正義をないがしろにされると許せないのでしょう。ただ、そのような愚痴をこぼされるのは私の前でだけにしてください」


 秋の暮れの農場ゆえ、あちこちで農作物が習作されている。汗をかいて働く民が、偶然こちらを向いていた娘の声であわてて作業をやめ振り返る。


「気にするな、作業を続けてくれ!」


 ミラケルの大きな声に、農民たちは今度は素直に従った。それもそうで、その時の初めての収穫日にとった作物は徴収されることなく農民たちの好きに扱っていい。近年の不作により、彼らにとっては久々の行事である。


 恐らくは、家で待つやんちゃな子や働く子どもたちのご馳走になるのだろう。


「そうだ、今日は我が屋敷でも”収穫祭”をやろう」


 第二王子の屋敷には農場がある。ジャガイモもトウモロコシも生産は軌道に乗っており、食料不足をわずかながら改善するに至っていた。


 ミラケルの農場を真似て農業を始める騎士も増えているらしい。


「移民政策ももう少しで実を結びます」


「そうだといいな」


「それに、不作からくる食糧不足も解消されました」


「……まだ完全な解消には至っていない」


「――それでも、」


 ラカルは言い募った。


「殿下は偉大です」


「なぜそう思う?」


「賤しい職業に就いていた私を躊躇なく召し抱えてくださいました」


「……そういや、お前の弟も同じようなことを言っていたな」


 日が傾き、野が赤に染まっていく。それはさながらミラケルの改革が円熟期に差し掛かっていることを暗示しているようだった。

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