彼方

 「ラミエル」という王族名が正式に認められたとミクはミラケルから聞いた。これで王族男子はサラエル王、ミラケル王弟、ラミエル皇太子の三人になった。


 サヌサ医師の検診で、お腹の子が女の子だと知ったミクは少しばかり嬉しそうだった。これは男の子が嫌いと言う意味ではなく、同性の子どもができたら喜ぶ一般的な親の心情と同じだった。


「この子の名前はなににしようかしら」


 女性王族の名前にそれほど厳しい規定はない。悪を連想する言葉をいれてはならない、程度のものである。


「生まれたら一緒に刺繍でもしようね。畑を耕すのも手伝ってもらわなきゃ」


 ミクは今一人である。ミラケルはこの二週間ほど王都に詰めていて、移民受けいれに関する最終調整を官僚などと行っている。未だ移民に否定的な感情を抱く議員や王族とは直接会談して説得することも忘れなかった。


 ミラケルの信念は徐々に保守層にも伝わっていく。即ち、「悪いのは犯罪者と無教育であって移民ではない」。制度の穴をつつき甘い汁を吸おうとする者は純粋な国民にもいる。移民が悪なのではなく、移民に紛れた犯罪者を憎むべきなのである。そして同じだけの制裁は純国民の同程度の犯罪にも適用されなければいけない。


 移民に対する否定的な感情は、慣例や風習の違う民族と果たして分かり合えるのかという不安にも起因するが、その不安を取り除くべくかつてミラケルが奔走していたのが移民学校の設立だった。


 幼児から大人に至るまでの年齢別の学園に入学し十歳以上の男女は三か月の「制度・法律研修」と二週間の「慣例・風俗研修」をクリアした者に優先的に移住権が与えられる。在校生に与えられるのは一時的な研修生ビザだが、卒業生は定住者ビザを優先的に得られる。そして定住後も継続して学園に通う移住者には、諸制度の優遇を受ける権利が与えられる。そんな趣旨の学校の設立認可が、もうすぐ下りようとしている。設立にかかる財源は、ジャガイモ流通で一定の利益を得てきたミラケル王弟自身が負担した。


 ゼノンはというと、朝から晩まで王族に必要な色々な知識を教え込まれておりなかなか顔を出してはくれない。立太子式はもう一か月後なのである。切迫流産で安静を言い渡されたミクにはゼノンの教育は負担が重すぎた。


「みんな、遠くに行ってしまう」


 お腹を撫でていたミクが不意に寂しげな表情を浮かべる。ミラケルにしろゼノンにしろ、彼ら自身の人生が今大きく花開こうとしているのだ。喜ばしいことなのに、胸が締め付けられた。困難が起これば側に居てくれるのならいっそ困難に起きて欲しかった。しかし、それは望んではいけない願い。


「あなたの名は、ラニャ」


 ラニャに似た古語のルニアーゴは「愛している」だが、「寂しい」という意味の言外にほのめかされる言葉である。要は、「寂しいから側に居て」に近い。


 後に、ミクはラニャを溺愛し子離れできない母親になってしまう。その原因がこの時期の寂しさに起因するのか、ラニャがルニアーゴに由来するのか、それはミク自身に聞かないと分からない。


 

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