ちぐはぐの親子
看過できないほどの不作と鉱石輸出の不振でニニ国が大量の移民の受け入れを正式に要請してきて二年もの月日が経ってしまった。ニニ国からの移民はあまりに多く、それこそ国がなくなるほどの、言わば民族移動に近かった。それゆえニニ国政府も各国に通達せざるをえなかったのである。
国境付近の山々に仮の集落を築き生活する移民たちはもはや難民で、お金をもっていようが社会的地位が高かろうが、混乱する共和国と王国に二の次にされ一向に入国許可が下りないとあって野宿を余儀なくされていた。
不法移民は強制送還しなければならない。しかし、未だ国境に留め置かれている移民たちを、これ以上放置することもままならない。だからといって、王国も共和国も寒冷化の影響は受けており、ただでさえ少ない作物の収穫量を新たに一国分の民と分け合うのはいくら代替食を開発したところで不可能だった。
ゼノン立太子に向けての忙しさに逃げたところで、いずれ直面する課題の解決に、ミラケル王弟は乗り出そうとしていた。
「ラミエル」
不意にミラケルに呼ばれたゼノンが体を固くする。
「はい……」
「ーー叱る訳じゃないんだから。もっと気兼ねなく私とミクに接してみなさい」
ミラケルの言葉にラミエルは押し黙る。それを心配そうに見遣るのは寝具にくるまるミクだった。
「どうした? なにか不満か」
「私も、父上には気兼ねなく接してもらいたいです……」
「どういうことだい?」
ミラケルの問いに、ついにゼノンの怒りが沸騰した。
「庶民の父親は子に「私」という一人称を使うのですか? 「父さん」とか「パパ」などと自分を呼ばないのですか? 私は下界に下りたことがありませんので、わかりませぬ」
明らかに貴族階級の出ではないミクへの当て付けだった。
「……貴様」
「殿下、おやめください」
「庶民の父親は子を「貴様」と呼ぶのですか!」
半泣きになりながら部屋を飛び出すゼノンを追おうとしたミラケルを、ミクはベッドから慌てて飛び出して制し、すぐふらついた。ミラケルは血の気が引く思いでミクを支え、忌々しげにゼノンが去った方角を睨む。
「あの子は悪くありません、殿下」
「なぜラミエルを庇う? 奴はお前を侮辱したのだぞ」
「あの子は悪くありません……あぁ」
急な動きが体に障ったのか、一瞬ミクの意識が遠退く。だがすぐに持ち直し、ミクは夫の顔をまっすぐ見据えた。
「あの子は親がこれほど近くにいながら親の愛を今まで受けられずにいたのです。何もかもを信じられなくてもおかしくありません」
「だがなミク」
ミラケルはミクをベッドに寝かせ、語った。
「私はあの子に移民政策の意見を乞いたかったのだ、同じ王国の王族に生まれた者として」
「それは親子の絆を深めてからでも遅くはありませぬ。殿下と私に血の繋がりはありませんし、殿下がお仕事を共にされる騎士様たちや軍総帥、王立議会の議員の皆さまも、殿下と親戚ではありません。しかし、子というものは、自分と
その夜、ミクの容体が悪化した。やはり無理がたたったのだろうか。サヌサ宮廷医の深夜にも関わらずの駆けつけと的確な初動で、ミクは安定を取り戻した。曰く、切迫流産とのことだった。
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