母として
そんなミクが国母となる日も近い。王弟ミラケルのただ一人の男児であるゼノンの立太子に向け、彼の名を王族名に変えなければいけなかった。
共和国政府へのお悔やみ文の通達も済み、久々の長い休暇にミラケルは、今は単にミラケル邸と呼ばれるようになった旧第二王子邸に滞在していた。
「ゼノンの王族名のことだけど、ミクは何がいい」
気が抜けたのか幾分かリラックスした口調でミラケルはミクに尋ねた。
「議会の承認がないといけないのでしょう?」
「そうだが、候補は幾つか決めておきたい」
語尾にルがつく王族名の由来は、少し古い言葉でルが「光」を意味する言葉だからという。
「ラミエル……」
「光光ではないか」
ラミエは現代語でいう、太陽光のことだった。
「光光でよいではないですか。あの子はこの国の光です」
「そうだな」
ゆっくり、ミラケルが立ち上がった。左手にマグカップを持ち、ミクの淹れた紅茶を飲み干す。腹の大きいミクはミラケルをじっと見つめた。
「殿下はなにがよろしいと思われますか?」
幸い悪阻の少ない時期を過ごせており、ミクは何でも食べる。聞いたそばからジャガイモを揚げた菓子を頬張っていた。食欲が有り余り、体重を抑えなければならないとサヌサ医師に言いつけられているにも関わらず、やめられないらしい。
「そんなに食べてはまた幸せ太りとラカルに茶化されてしまうぞ」
いたずらっ子のようにミラケルが笑った。
ミクは立ち上がる。
「今からその「ラミエル」に会いに行きますよ」
夫の見送りを背に感じながら、ずいぶんと住み慣れた風景を歩く。家臣の部屋の一つを割りあてられていたゼノンは、突然の「お妃」の来訪に驚いていた。
「お妃さま?」
「ゼノン、よく聞きなさい」
第一夫人ファオンの養子から格下げされて時間は経っていない。本人は自分の不始末だと思っているようだが、それはミクとミラケルの子として正式に認められるための、もっと言うなら彼が国王になるための準備であった。
「今日からあなたは別の部屋で暮らしてもらうわ」
「どうしてですか?」
「あなたは、私と殿下の子。次の王になれる資格があるのです」
ゼノンは目を丸くした。
「あなたはいずれラミエルと呼ばれ家臣に傅かれることになります。あなたの言動は常に注視されます。恥をかかぬよう礼儀作法を叩きこみますので心してください。あなたはこの国の外交官になるのですから」
かつて正装した夫から言われたことを繰り返す。この子にはぜひとも立派な王になってもらわなければならない。
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