妃の評判
けも耳の妃の評判はこのところ王国ではうなぎ上りである。
時を少し遡る。内戦で一部の部隊が交戦し、町を逃れた民たちは、旧国王側と旧第二王子側にそれぞれ助けを求めた。戦争を起こしたのは権力者なのに、結局ただの市民は権力者に庇護を求めざるをえない。内心複雑だったであろう市民に、辛く当たったのは旧国王側だった。もっとも、旧国王側の勢力は内部が混乱しており帰宅困難者に構う暇などなかったのだが、門前払いで追い出された側は恨みをもった。
一方第二王子側に逃れてきた市民たちは、ふさふさの耳の女の炊き出しに有りつけることになった。魔女の食べ物と嫌われる芋とは知らず、ホクホクの温かいジャガイモスープをもらった市民は喜んだ。その女は多くの子どもたちを給仕に使っていたから、市民は女のことを孤児院の主とでも思っていたようだった。
そんな肩を寄せ合いスープをすする市民たちがどよめいた。乾いた休耕畑の上に展開した炊き出しの場に、王族が現れたというのである。
「左目が青いお方が来なすった……まさか、ミラケル様ではないか」
オッドアイは王族の血を引く者でないと現れない身体的特徴である。マントを羽織り馬に乗って駆けてくるその男がミラケルであることに民衆はすぐ気づいた。
「おおかた出ていけと言われるんではないかね。密偵が紛れてるかもしれないただの町人を身近に置いておくのは不安だろう」
国王側に門前払いを食らいこちらに来たという老人がそう暗く呟いた。しかし、そうはならなかった。
「我が妻の手料理を夫である我に先んじて食すとは、不遜なやつらめ!」
発言の内容とは裏腹に、民を慈しむ情が言葉の端々に表れていた。市民は慌てて椀を置き、ミラケルに向かって地に頭を下げる。
「よい、気楽に致せ。このたびのことは災難だったな。さすがに邸宅を貸し出す訳にはいかぬが、雨くらいは凌がせてやろう」
ミラケルの後ろには、仮設テントの機材を馬で曳く第二王子配下の騎士たちだった。思わぬ厚意に民衆が再びどよめく中、ミラケルは下馬にしミクに直接歩み寄る。
「た、確かミラケル様はあの娘のことを、妻と言わなかったか……?」
戸惑う市民を置いてけぼりにするように、ミラケルとミクは公衆の面前で抱擁を交わす。そうするまで妃と気づかないほど、ミクの衣装は市民的だった。
ミクの評判はうなぎ上りである。「芋粥の女神様」という好意的なあだ名もつけられ、魔女の食べ物と忌避されてきたジャガイモの美味しさとともに各地に語り伝えられた。
国に害を与える移民の象徴としてバッシングを受けていた時代から考えると、ミクのケモ耳はもう一つの個性として受け入れられるようになっていった。
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