立太子
悲喜こもごも
我が子ゼノンを王子の子と言えないまま、あれよあれよと第一王子サラエルが王に即位した。サラエル王は内戦の責任を取る形でこれ以降妻を持たぬことを確約させられたため、現在王家には王位継承権をもつ王子がいないことになる。
王は議会に確約したことになっているが、水面下でそれを扇動したのはミラケル王弟であった。この国の誰もが、国政を混乱させた兄を王に即位させ、自身も慣例に従い王位継承権を持たないままであるミラケルに権力欲の欠片も見出すことはできず、ただ粛々と現国王の権力の制限が掛けられていく――ミラケルに実子があることを知る者は少ない。
「ミク」
今日も職務を終え馬を駆けて第二王子邸に戻ってきたミラケルは、久々に妻の名を呼ぶ。
「大変なことになった」
「存じております」
ミクが答えると、ミラケルは目を少しだけ見開いた。
「キラブラの手配か……やけに好かれているようだな、あの男に」
意味もなく紅潮する頬を隠すようにミクは立っているミラケルの後ろにある食器棚に歩み寄った。共和国の独裁者を弑した救世主が独裁者に成り下がり、挙句に利用されるのを間近で目撃した夫人の自死はミクにとっても衝撃だったが、今は不謹慎と言われようと、そのせいでミラケルが自室に来てくれたことが嬉しかった。
「どうなさるおつもりですか? お悔やみの文言を広報誌に載せることになるとは思いますが」
「難しい。変に夫人に感情移入し過ぎても現共和国政府への当てつけと取られかねないし、かと言って突き放すのもよくないだろう」
「そうですね……」
しばし沈黙が部屋を支配した。ミラケルが口を開く。
「ゼノンの立太子がほどなく行われる」
ミクは顔を弾かれるように上げ、ミラケルの顔をまじまじと見つめた。
「それは……嬉しゅうございます」
「ゼノンへはお前が話してきかせよ。とうとう、念願が叶うな」
「私からも嬉しいご報告があります」
ミクがやけに恥じらうので、ミラケルはミクの肩を持ってぐいと自分に引きつけた。ミクはますます恥じらい、顔を赤くして俯く。
「どうしたのだ?」
「お子を、授かりましてございます」
忙しく王都と郊外を行き来するミラケルに、第二子が授かった。ミラケルはミクを抱き上げ、深く深くキスをした。
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