蒼の死

 美しいシンメトリーの宮殿に旧総帥レオンが無言の帰宅を果たした。


 彼はナン大国に亡命したときから意味不明な言動を繰り返し、幻視や幻聴が疑われていたという。専属医と直属の部下を次々解雇した後、付き従った兵の一部を率いて海を渡り王国に侵攻した。武具や船は王が手配したと他ならぬレオンの兵が証言したこともあり、第二王子は内政を混乱させた罪で父である王を断罪し国政から退かせた。第七代国王として即位したのは第一王子サラエルだったが、即位式に来た来賓の数は歴代の王のなかで最も少なかった。


 再び議会政治制に舞い戻った共和国は、レオンの葬儀を大々的に執り行った。悪政も相次いだレオン政権だったが、一時期ではあれ領土を広げ国を豊かにした"強き総帥"の死を惜しむ国民も多かった。共和国政府は、そんな保守的な彼らを取り込みつつ、かつての敵の葬儀をすることで好感度をあげようとしている。


 かつての夫、あるいは父の葬儀でありながら参列者との接触を禁じられ、発言も許されず、ただ共和国政府のプロパガンダに利用されるレオンの妻と一人娘の心痛は計り知れない。


 歓声とともに着飾った夫人が現れた。王国から遣わされた使者の一人に化けてキラブラが同行を許されていた。


「ご夫人……!」


 キラブラが声をあげた。各国の要人たちと交流する王立議会の議長と付き添いの使者たちが何事かと振り返る。その振り返った者数人は、決定的な瞬間を見逃してしまう。


 ――歓声が悲鳴に変わった。息を飲む音が響き、あちこちで大人が子どもの目を覆った。夫人が展望テラスから投身した。隣の娘も呆気にとられる、公開自決だった。


「これは……マサ、急ぎ大使館より本国に連絡せよ!」


 議長が切羽詰まった低い声でマサという秘書に指示した。キラブラも強いて冷静さを取り戻し各国との連携に走る。


 走りながら切なさを抱えていた。これから各国の声明で一様に冥福を祈られる夫人が可哀想だと思った。当たり障りのない文言で死を悼まれるのは、彼女がレオンという旧政権の長だったからである。


「キラブラさんではないですか」


 王国の大使館で留守を守っていた者に名を呼ばれキラブラは我に返る。


「どうしました? 本国への連絡は致しましたが」


 知らぬ間に言いつけられた用を上の空でこなし、帰還していたらしい。


「ミク様も、ご存知でしょうか」


「さあ? 王弟殿下からお伝えされたかどうか」


 第二王子ではなく、王弟と呼ばれるようになったミラケルは第二王子邸から王宮に政治拠点を移し、双方を忙しく行き来する生活を送っていた。恐らくこの一報も王宮でサラエル国王とともに聞くのだろう。


「殿下のご夫人方にも連絡してもよいでしょうか」


「構わないとは思いますが……人を手配しておきます」


 一時期は仮想敵国とも言われた隣国のスパイだった自分をこの者たちが信用はせぬまでも受け入れてくれているのはミクの知り合いだからという点が大きい。だからこそミクには恩を感じていた。

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