瓦解

 静かに、年が開けた。それでも膠着状態は変わらなかった。唯一の希望は、レオンの動向を知ると考えられる元スパイ、キラブラの保護であったが、彼はレオンの統治下のサオサーン共和国では長らく投獄されていたと知り第二王子陣営は落胆の色を隠せなかった。


 ミクは依然敵の勢力下に潜伏しているが、有力な情報を掴めないでいた。そんな最中、にわかには信じがたい風の噂がもたらされた。


 曰く、レオンが死んだ、というのである。


「いかんせん、虫の息のような噂だからねぇ、困ったもんだ」


 戦を避けるために情報をほしがる一貧民のていでの言葉にミクも応える。


「どこに逃げたらいいのかわからなくては困りますねぇ」


 国王と王子の内戦が起こっているとは思えないほどの、気味悪い静寂が国中を満たしている。警備兵がうろつき店は軒並み閉まってはいるが、戦闘は起こらない。


 さて今日も寝るかと協力者の店の軒先に藁を敷き始めたその時、銃声が聞こえた。


「なんだ?」


「なにやってんだ、逃げろ! 青い甲冑が攻めてくるぞ!」


 第二王子の配下の騎士たちには茶色の甲冑が多い。王国の正規軍の正式色は赤である。青の甲冑が攻めてくる、という表現は、異常だ。


「レオンの反逆か……国王のお命があるかどうか。ミク様、ここは是が非でも生きて帰りましょうぞ」


「はい!」


 夜な夜な裸足で、土埃立つ道を走るのは、ミクにとって、民族が東に東に逃げてきた以来のことだった。歌歌いだった母からもらった赤いサンダルは今は持っていない。


 畑の肥やしにするのだろうか、業者が売る、南部の港で獲れたが売り物にならなかった小魚を乾かしたものが軒先に雑に干されている。入り組んだ都市の道を走っていたと思っていたが知らぬ間に郊外に来ていたようだ。


 疲れてミクがへたりこむと、近くの百姓の娘が固いパンを差し出してくれた。味はなかったが、その娘にとっては大切な食料である。要人に便宜を図ったと知れれば状況によれば、例えばここがレオン軍の勢力下になってしまえばこの娘の命は危うい。そう思った二人はパン屑が残るのを恐れ念入りに土をかけ痕跡を消した。


 開門されていた第二王子邸に駆け込む二人は、門番から驚くべき言葉を聞いた。


「別動隊の報告によると、レオンの私軍は撤退しているようです」


「撤退……だと? ならばなぜ「攻めてくる」などと」


 ミクはハッとした顔をした。


「攻めると流言して追撃を避けたのですわ!」


「そうか、指導者がいないことを勘づかれていないうちに、攻めこむと噂を流して怖がらせ、静かに撤退するつもりだったんですね」


 やられたと門番が地団駄を踏んだ。それを聞く第二王子も、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「生けるコウメイ、死せるチュウタツを走らす……か。極東の大国に伝わる故事だが……」


 そして次に国でなにが起こるかに、考えを巡らした。

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