身をやつす

 王国軍の動向が読めないまま一週間が過ぎた。ゼノンは朝になると軍の展開する前でひさまづかされ、夜になるとどこかに消える。ただそれだけで意図が見えない。


 もう待ちきれなくなった第二王子は、国王に使者を送った。要求は何かさえ分からなければどうしようもなかろうという、いわば苦言を王にぶつけるためのものだった。


 使者が邸宅を出て三日が経った。使者は無傷で返されたが、望む収穫は得られていなかった。


「国王に会えなかっただと?」


「はっ、亡命者レオンが終始私と相対し、国王の所在についてもはぐらかされるばかりで……」


「兄上も目にしなかったのか?」


「サラエル殿下にもお目通りは叶わず」


 今までの王国軍の奇妙なまでの静けさが、今になって恐ろしくも思えてきた。王の下にあるはずのただの亡命者が、王国軍の顔として使者に面会するなどただ事ではない。王に会わせず手ぶらで帰させるにしても他に適当な者がいるだろう。


「まさか……」


 ファオンが危惧を口にしようとして、その言葉を飲み込んだ。仮にその危惧が現実のものでなかった場合、下手をすれば反逆罪になり戦後処理に影響を与えかねない。


「ともかくも、このままじっとしているのもなんですから、私が直に参りましょう」


 王子妃が赴けば敵もそれに相当した人物、王が王子を出さずにはいられまい。敵にすでに総大将はおらずレオンが軍を牛耳っているのなら、それも露呈するだろうというファオンの読みだった。


「いや、お前は行くな。ニニ国との関係はこれからの私にとって重要になる。代わりに、ミクを遣る。ミクに、斥候を、任す」


 急に話を振られたうえ側に居た十人ほどの家臣や部下に見つめられ、ミクは息を呑んだ。


「しかし、ミク様のお命の危険を考えると……」


「大丈夫だ。ミクにはサオンを付ける」


 サオンは王国譜代の騎士である。ニニ国を発祥の地とする血筋ゆえ、父も祖父も代々ニニ国の妃を持つ王子に仕えてきた。ニニ国からの姫が将来王妃になることが多かったため、重要な役職につくことが多かったが、陸軍総帥の座を第一王子の部下に奪われて久しい。


 呼び出されたサオンは髭を蓄えた老紳士といった風貌だったが、見る人が見ればわかる鍛えられた体つきをしている。


「お初にお目にかかります」


 膝をつき差し出された手をミクはとった。彼は息子に家督を譲っており、あまりミクと会うことはなかった。しかし、ミクはすぐに彼を信用した。それは王子への信頼に等しかった。


 そしてその半刻後、ミクとサオンは身をやつし、乞食に化けて邸宅を裏口から出た。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る