内戦

人質

 慌ただしく人々が走る廊下。長らく対外戦争のなかった王国だが、さすが第二王子の部下たちである、きびきびと甲冑を着込み王子配下の騎士たちに伝令を飛ばしていく。伝令を待たずに馳せ参じた騎士もいた。王子は騎士の妻子のみならず、近隣の住民も邸に収容し、籠城の構えを見せる。


 戦闘配置と同時進行で変装させた部下数名を町に放っておいた王子は、帰ってきた者の報告を聞いていた。


「何、私は反逆者にされているのか」


「王宮で不審火が起こり、王はそれを殿下の息のかかった者によるものだとすぐに断定、有無を言わさず議員や官僚を連れて王宮を「脱出」し我々に討伐軍を仕向けたようです」


「自演だろうな……」


「また、ゼノン様はまだご無事のようです」


「付き添いのチャコという若者は無事か?」


 王子の問いに部下が固まる。嫌な予感が背を撫でるが、部下の手前顔を青くするわけにもいかない。


「それは……わかりません。ただ、ゼノン様のお側に少年はおらず、まだ我々の支配下にある町に身元不明の少年の死体があったようです」


 わざわざこちらの耳に入るようにするとは、見せしめだろうか。望み薄ながら、その身元不明死体がチャコでないことを祈るしかない。


 ――それにしても、あの少年は作物の改良に精を出してくれていたと聞くが――。


「連中の要求はなんだ? 国外追放でもなんでも受け入れるぞ」


 町を火の海にすることだけは避けたかった。だが、それも叶いそうにない。ゼノンがミクとの子であることはとうに漏れているようなのだ。知らぬ存ぜぬで今さら通せまい。


「殿下、こちらにお越しください」


 甲高い声に導かれて、門に設えられた格子窓を覗きこむ。銃を撃つために作られた窓から見えたのは、布陣する王国正規軍と、その前に膝をつき座らされている息子だった。ミクがへなへなと腰の力をなくす。その肩を抱くことしか王子にはできない。


「ちくしょう……」


 王子は完全に主導権を敵に握られている。なんのアクションも示さずただ包囲する、圧倒的な兵力の敵に、王子側の精神は徐々に疲弊させられていった。


 一方王国軍の端には亡命したはずのレオンがいた。二頭の竜が向き合い槍が交差する彼の旗がたなびくその下で、レオンはほくそ笑んでいた。


「あのワサとかいうスパイが、ゼノンがミラケルとミクの子であると教えてくれなければ、私はここにはいまい」


 亡命生活でやつれたのか、どこか老いぼれた印象のレオンだった。


「ああ……。これで私は陸軍総帥の地位を手に入れる」


 陸軍総帥シンが自死してからというもの、経験の浅い中将が総帥を代行しており、王国は経験の豊富な軍の指揮官を欲していた。しかしいくらそうだとはいえ、隣国で地位を追われた人間をそっくりそのまま国防の重要役職につけては外交に関わる。下手すればその隣国に敵視されかねない。第二王子以外の王族や有力者がいかに外交に疎いかが浮き彫りになっているのだが、当の本人たちは気づいていないだろう。


 何日かが経った。急な政変であり、第二王子側には食料の備蓄が少ない。王国軍は王都のほぼすべてを手中に入れ、人員も食料も豊富だ。いつ事態が急変するのか、気が気でないまま第二王子邸はとうとう決戦の日を迎えた。

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