光と影

裏切りの代償

 ワサは自らが受けている想定外の仕打ちに首をかしげていた。今や将軍と呼ばれるようになったレオンの右腕である自分が、なぜ牢になど入れられねばならないのか、と。


 牢番がそんなワサに薄ら笑いを浮かべる。


「何がおかしい」


「おかしいったらねえよ。自分の上司も仕える主も淡々と犠牲にして、同じつらのまま将軍の腹心になって、重用されている気にでもなっていたのか?」


「私は仕事のできる人間だ。情勢を読み密偵を暗殺して情報を遮断し旧体制を混乱させたからこそレオンさまの天下がある、違うか」


「だからそれが笑えるっての」


 牢番はケタケタと腹を抱えて笑う。


「あんたは、将軍閣下に似ている……だからこそ、将軍はあんたを恐れるんだ」


「……恐れる、だと? 絶対的な力を手に入れたレオンさまが?」


「その権力者にぶら下がるように権限を強め、それでいて権限者に一番近いところにいるのがあんただろうが」


 ワサには思い当たる節があった。


 かつて大陸を二分する戦争が起こった際、ある勢力はある国の裏切りによって勝利をおさめた。しかし、一番の功労者であるその国に配分された領土はわずかだった。


 他にもある。東方の島国で戦が起こったときに、敗戦が決定付けられたと言われるほどの劣勢にあった勢力がとある人物の裏切りで勝利する。しかしその人物は数ヶ月もたたぬ内に不審な死を遂げるのだ。


 思い当たるのは似た歴史だけで、当事者たちの心情ではない。有能な部下が右腕で何が恐ろしいのか、それがワサの偽らざる不満だった。


「あんた、本当に人間か?」


 牢番が途端に笑いをやめ、鬼神に向けるような畏れを湛えた強張った顔を向けてくる。


「貴様らの辞書によると、主に尽くすために感情を無くすのは人間の忠誠心ではないらしいな」


 ワサはスパイ養成の過程で、教官が方便として言った言葉に、忠実に従っただけであった。すなわち、スパイである以上他人に感情を抱くな、と。それが主に対する唯一無二の、赤い心臓を捧げるがごとき忠誠の表れである、と。


 結局のところ、スパイとて人間であった。敵地に身を置く気の休まらない日常に、酒を飲み交わす仲間を欲することもあった。そんなスパイ仲間たちを、ワサは秘密保持の誓いに反したと容赦なく教官に密告し、仲間は次々裁かれて姿を消した。


 首席卒業者としては異例の、末端組織に組み込まれたワサは、その教官たちにすら恐れを抱かせていた。この刃を近くに置きたくない、と思わせてしまった。


「騎士の情けで教えてやるよ。あんなは、将軍閣下が凱旋帰国し次第、処刑される。罪状? 知らないね」


 将軍レオンは遠国に侵略戦争を仕掛けていた。寒さの厳しい国と聞くが、勝って帰国できるだろうか。


「ナンバーツーが一番危ない、か」


 ワサが呟いた。牢番は聞き取れなかったのかいぶかしむようにワサを見たが、興味を失ったのかすぐに顔を反らした。


「つまらん、人生だったな」


 ワサはけもみみをつけた一人の貴人を思い浮かべていた。上司であるキラブラを失脚させたはいいが、あの女性のことだけは、仮にそんな状況になったとしても、無感情に蹴落として上に進むことはできないような気がした。


 薄暗い牢に、ゲジゲジが乾いた木の葉を揺らす音だけが、響いた。


「牢番も損な役回りだな」


 ワサは無感情にそう思った。

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