代替食を子らに
邸宅内に見知らぬ顔が増えてきた。彼らはかつてミクがしたように、堀の巡らされた城のような外観の邸宅に戸惑い、恐れながら入ってくる。
「これが私の妃でミクという。お前たちの新たな母となる存在だ。よく言うことを聞くんだぞ」
オッドアイの第二王子の言うことに目を白黒させている。年齢は抱き上げられるほどの幼子からミクと背丈は同じくらいまで様々である。しかし彼らに共通しているのは、痩せこけて栄養状態が悪いということだ。
名前を聞かぬように、と王子から言われた。この中には自分の名を知らぬ者、名を付けられるまでもなく捨てられた者、事情があり名を明かせない者がいる。代わりにミクはこう聞いた。
「こんにちは。私はあなたたちのことをなんと呼べばいい?」
「おいら、ナコって言うんだ」
「こら、お妃さまになんてこと」
幼い男の子を姉のような女の子がたしなめる。だが彼らは兄弟ではない。明らかに顔立ちと髪の色が違う。男の子の方はグレーの瞳にグレーの髪、女の子の方は目の覚めるような蒼の瞳にくすみがかかった茶色の髪を持っている。そして両人とも、顔には出来物がいくつかできていた。
間引きされなかっただけましなのかもしれない。彼らは生まれることを許され、望むらくは、惜しまれながら手放された。そう思いたいし、そう接するのがミクらの使命だろう。
「でも、どうして王子さまのお家に私たちは連れてこられたのですか?」
ナコをたしなめた少女が言った。人身売買の現場に王族の関係者がいるわけにはいかないから、彼らには恐らく普通の人買いに買われたとしか映っていないだろう。そんな自分たちがなぜ王族の御前にいるのか、不思議で仕方ないという顔だった。
「きっと人買いから王子さまが助けてくださったんだ!」
「違うよ、君ちゃんと起きてなかったのか? 僕らは王子さまの横に控える緑のマントの人たちに確かに買われたじゃないか。王子さまはきっと僕らを慰み物にする気なんだ……!」
長く馬車に揺られ、不安を増幅させてしまったのだろう、その子の目からは恐怖と攻撃的な波長しか読み取れない。そんな彼に共振するように恐怖が伝染し、王子のオッドアイに敵意が雪崩れ込んだ。
緊張が増すなか、ミクはジャガイモ普及チームの料理人の若者チャコにそっと目くばせをする。彼は貧しい農家が子を捨てることに人一倍怒りをあらわにし、ミクにたしなめられた者である。我が意を得たりと彼は頷き、十人ほどの仲間と共に移動式の簡易机を引いてきた。
「い……いい匂い」
控えめな女の子が恥ずかしそうにグルグルと鳴った腹を押さえた。どこからか漂う香ばしい香りに子どもらの敵意は徐々に削がれていく。
「特製『天使の芋と濃厚チーズのドリア』だ。召し上がれ」
貧しい農村でも、魔女の芋とジャガイモは敬遠される。チャコはあえて「ジャガイモ」の名を出さずに料理を子らの前に並べた。
「うわあ……おいしそう! あちっ」
熱いドリアを素手で食べようとして指先を火傷した男の子にミクは駆け寄り、手当てをするとスプーンの食使い方を教えてあげた。毒が入れられているに違いないと最後まで抵抗していた男の子も、王子が口いっぱいにドリアを頬張るのを見て観念(?)し、恐る恐る料理を口にする。
「……おいしい」
「ネッ、美味しいでしょう」
ミクの顔は自然にほころぶ。ナコと名乗った子にチャコが近づき、同郷なのか不思議な訛りで打ち解けていた。
「とりあえず、導入は成功かな」
王子の言葉にミクははい、と返した。
「でも、これからが勝負ですね」
「似合ってるよ」
「え?」
「ミクのエプロン姿」
突然の話題変換にミクは戸惑う。上気する頬に何か柔らかいものが触れ、気がつけばミクは王子に抱きしめられていた……。
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