病室に咲く甘味
ラカルは王子の執政室のすぐ横の部屋を宛がわれ、サヌサの部下の看病のもと暮らすようになった。ラカルの望みでラカルの妻は面会謝絶をされている。少なくとも身体にもう少し肉がつくまで待ってほしいとラカルが言ったのだ。それほどラカルは痩せこけており、歩くのもままならぬほどだった。
サヌサの右腕とも言われる医師見習いのミーシャは、その女性的な名前と裏腹に屈強な男だった。大きな身体と比べ知性的な細い目が特徴的で、この国の医師のする入れ墨を見習いの身でありながらすでに肩に入れていた。
ミーシャは常に口に白い布を当ててラカルを看る。重病の者を看病するときには疫病を忌避する意味でそうするのが慣習なのだが、特に王族はそれをしていない医師が重病の患者の後に自分を診るのを嫌う。ラカルがいくら第二王子ミラケルの右腕だからといって付きっ切りでいることが約束されているわけではないのだ。ラカルは王族ではない。より高位の王族がサヌサの診療にかかりサヌサがミーシャを呼んだなら、それを引き留める権利は第二王子にはない。
イワという病気がこれほどまで進行すると、身体を温め栄養を取らせて自然治癒を図るしかない。しかしラカルの身体は生気を失い冷たく、食事も喉を通らない。ミーシャに課せられた使命は、どうやってラカルに食事をとらせるか、手段を講じることであった。
一方ミクはジャガイモに羊の乳で作ったチーズがよくあうことに気づいた。よく蒸したジャガイモにチーズやバターを付けて食べるとなんとも美味なのである。
「ジャガイモのほのかな甘みに濃厚なチーズがよくあいますね」
ハフハフと蒸したての芋を頬張っては周りもそれに同意する。
「ーーラカル様、大事ないのでしょうか?」
ふとミクが口にした言葉に全員が固まる。サヌサの見立てだと、有効な手立てが見つからぬままだとラカルに残された寿命はあと三か月だという。
「ちょっと見てまいります!」
駆けつけてみると、ラカルは麦粥の嚥下に手こずっていた。ミーシャは側に居た侍従にサヌサへの伝言を頼み、これでは
ミクはこの短期間でげっそりと痩せたラカルを見て言葉を失っていた。そのラカルが首を微かに上げ、ミクを認める。
「ミク様ーー」
「ラカル、大事ありませんか」
「はい、と言いたいところですが……それより、お手にあるのはジャガイモですか」
ラカルの視線は吸いつけられるようにミクの右手に注がれていた。
「召し上がりますか」
「ぜひ」
ラカルは確かにそれを口に運び、ゆっくりと咀嚼して、ゴクン、と飲み下した。
「ラカル!」
知らぬ間にミクの横に立っていた王子の叫び声は喜びにあふれていた。ミーシャも目を見開いている。
「ほのかな……甘みが、とても嬉しく思います」
ラカルは胃に穴をあける施術は免れることができた。
「とても……嬉しく思います……」
ラカルは王子とミクを代わる代わる見つめて、目の端に涙を浮かべた。
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