ほのかな甘み

チョウア通り

『地元に好かれ繁盛していたという青果店が、店主の失踪により取り潰しになった。よく通っていたという住民によると、店主は南港に販路開拓に行くと言ったきり連絡が取れなくなったらしい。人柄にも定評があり不利益を被った仕入れ先ですら店主を擁護する。また店に借金の類いはない。


 住民は口々に噂した。きっと南で起きた旅館強盗に巻き込まれたに違いない、と。店主の背格好にあう身元不明遺体はなかったが、ただの強盗に王族が関わった違和感を国民は引きずっており真相は隠されたと信じてやまない。


 ワサという名の男が営んでいた青果店は、異国の果物も多数取り揃える品数豊富な店で、料理店との取り引きもあった。地元住民は今でも店主の帰りを待っているーー。』

 

 報告書を遊びで娯楽小説のように仕立ててみては、当事者であるはずのワサは冷たい目でため息をついた。


「なんの感傷も湧かんな」


 人柄や信用というものは作れると教えられたし、客は情報源であって情を通わす相手ではない。そう割りきって生きてきたワサに、長く住んだ土地にも、長く知る人にも、未練はなかった。


 コンコンとドアがノックされる。


「入れ」


「はっ、ご報告です。王国でミク第七夫人が王族に復帰しました。またこちらの女性は……」


「サラ殿か」


「……はい」


 部下の後ろに隠れるように佇んでいた女性が頷く。ワサは一瞬目を細めたが、すぐいつもの顔に戻した。


 冷酷で頭のきれるワサは、サラと一度も会ったことがないにも関わらずその強いまなざしから何かを察した。


「嫉妬、ですか」


「え……?」


 王国の第二王子ミラケルは数々の女を妃にして召し抱えている。しかし身体の交わりを持ったのは第一夫人ファオンと第七夫人ミクの二人だけで、他の妃たちは満足にやりたいことをできない王子に代わり情報収集や外交などを行っていた。王子は妃同士に嫉妬を抱かぬよう諭したが、王子を恋い慕う一部の女にとってそれは苦痛だったに違いない。自分はあくまで駒であり、女ではないのだと。


「まあいい。ただ一つだけご忠告申し上げる。ーー裏切りで得たものは結局裏切者の手には残らない」


「あなただって、そうじゃありませんか!」


「だからこそ申し上げたのです。さて、本題に入りますよ。貴女が王子を裏切りミク夫人を嵌めたのはキラブラという商人に誑かされたからですね」


「な、なぜそれを」


「私の上司だったからですよ。私の上司は貴女の胸の奥に潜めていた嫉妬心をうまく引き出した。貴女はいけないと分かっていながらも真っ当そうな理由をつけて家畜舎を壊させミク夫人の秘密を暴かせた」


 サラは答えない。ワサの言う通り、裏切りの代償は大きかった。ことが明るみになる前に逃げ出したはいいが、依るべき知人も下界におらず、挙句に物乞いをして歩いていた。


「なるほど。それが知れたらよいのです。かつての上司は私に計画の全てを教えてくれませんでしたから。ナナ、サラ殿を軟禁せよ。そうだな……陸軍総帥シンの旧邸でよかろう」


「ま、待ってください。私は重要な情報を!」


「大方ミク夫人のお子が生きていたとかですか? 我々を甘く見ないでもらいたい。そんな簡単な情報はすぐに手に入ります」


 手に入ったのではなく自分が生かしたのだとは言わない。言う必要もないと思ったからだ。


 サラの野望は潰えた。サラは泣き叫びながら陸軍総帥シンが自決した邸宅内での生活を強いられ、すぐに精神疾患を患ったという。

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