ラカルの思案

 ルミディア王国の第一王子と第二王子との間には、かつて十二歳で逝去した王子がいた。


 利発でさとい子と内外の評判がよかったが、ある日を境に呼吸器を悪くし、出歩くことも叶わぬまま最後の三年間を過ごした。


 次の王のよき右腕になるだろうと噂された彼だったが、母親は肉屋の娘だった。屠殺に直に関わる職業であり、国に伝わる伝承に肉屋の娘が国政を狂わせたとあったことも相まって、利発でさとい子ながら彼は水面下では差別されていた。突然の病の発症にも、陰謀説が囁かれた。


 ――そんな王子の従者として、最後まで仕えたのが、ラカルだった。王子の母親と同じく庶民の出だったからか母親の名誉回復にも奔走したが、母親は子の後を追ったこともありラカルの苦労は露に消えた。


ラカルは王国北部の貧しい農村に生まれた。その年に生まれた子の八割が死ぬほどの食糧難の中生き残ったが、十歳を待たずに王都に出稼ぎに出されてしまう。その出稼ぎ先が、あの肉屋だった。


 職業に対する蔑視からか、王の妃を輩出した家に与えられる外戚の権限をほとんど与えられず、申し訳程度に肉屋で働いていた者に出仕のお声がかかったのだ。


「懐かしいな……」


 主の死後、誰も自分を召し抱えようとなどしてくれなかったなか、弟君のミラケルから声がかかった。その時どれだけ嬉しかったか。たちまち新しい主に身命を賭して仕えると誓った。


「やっと、お役にたてる」


 出自を気にして遠慮がちだったラカルを、第二王子は何度も勇気づけた。我々が肉を食せるのは肉屋のお陰だし、我々が野菜を食せるのは農家のお陰、恥じることはない、と。そんな王子に、手につけた技術で役にたてるのは嬉しかった。


 肉屋で働いていたころに、羊は何頭も解体したことがある。まれに連れてこられる角のある羊も捌いた。暴れる羊を押さえ直に角を落としその活用を考えるのはなんとも骨が折れるが、やりがいのある仕事だった。


「うっ……」


 下腹部に違和感を感じラカルは手に持っていた角を落としゆっくりと膝をついた。なんとも形容のし難い痛みであり、その箇所の筋肉がやや細っている気がする。しかしラカルは医術師には見せなかった。ジャガイモ中毒の名残だろうと考え、腹にきつく編まれた布を巻いてやり過ごしていた。


 この国の国民にとってただのゴミに過ぎない羊の角を産業に昇華させることを天職と思い職務に励むラカルは、痛みが引くと落ちた角を拾い、また思考の海に落ちていった。

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