羊の角
第二王子がとうとう国政に積極的に関わりだした。荒れ地を耕して農地にした者にその土地の所有権を与える法律を可決させたほか、トウモロコシの種とジャガイモの種芋を王宮の管理の下安価で販売し始める政令の発行に尽力していた。
有力者との会談を終え、帰邸した王子は、なんとも表現し難い屋敷の異変に気づく。
「なにがあった」
「実は、ラカル殿が食あたりに……」
「なに!」
依然政敵の多い身の上ゆえに、食あたりと聞くと毒を連想してしまう。そんな王子の曇る顔を察してか、会談に同行していた従者がこう言った。
「ともかくも、事態を知っている者に話を聞きましょう」
聞くとラカルがジャガイモを口にして以降激しい腹痛を訴え意識が混濁しているとか。
「ジャガイモの皮、芽、危険です。治療法ありません。日にあてて保存、毒増える」
ナン大国からの農家ミラが言う。側近の命の危機とありやや冷静さを失った王子はミラの胸ぐらを掴んだ。
「それをなぜ早く言わない!」
「王子様、トウモロコシ、お好き。ジャガイモ、聞かない」
確かにトウモロコシのことばかりでミラにジャガイモの教えを乞わなかったことに思い当たり、すまぬと王子は謝った。
「……なにをすればよい」
「安静に、身体温める」
「わかった」
ラカルの息は荒い。しかしいつまでもラカルについている訳にもいかなかった。まして、ジャガイモの危険性がわかったなら尚更である。
「至急海軍部隊長のサヌサ殿を呼べ」
サヌサは王宮の専属医サヌサの息子であり、第二王子ミラケル派の軍人であった。
「急ぎジャガイモ栽培のマニュアルを作らねばならぬ」
「殿下」
「ミク、悪いが君に構ってはいられない」
邪険に扱うつもりはなかったのだが、事態は急を要する。ミクを下がらせ緊急会談の準備をしようとした王子は、ミクが手に持つ椀に目を留めた。
「それは?」
「一族に伝わる秘薬を、羊の角を用いて作りました。本来の原材料は象牙なので、お役にたてるかどうか……」
「構わん、ラカルに飲ませてくれ」
よいのですかと聞くミクに王子は力強く頷いた。
「この際藁でも助かれば金糸だよ」
――果たして、ミクの薬はよく効いた。医学で説明はつかなかったが、第二王子をはじめとする関係者は胸を撫で下ろすことになった。
「ラカル、話とはなんだ」
全快とはいかぬまでも歩けるまでに回復したラカルが王子を呼び出す。ラカルは自分を助けたミクと、羊の角に恩返しがしたいと言い出した。
「我が国の羊は完全に家畜化できている訳ではありません。北の山から連れて来られる羊は角を持ち、その多くは切り落とされます。しかも大半が廃棄される。せめて役にたたせてやりたいと思いまして」
「しかし秘薬とやらに効き目の根拠はないのだぞ」
「いえ、薬としての活用ではありません。ミク様のおっしゃる、北国ニニ国の鉱山労働者に、職を与えられるかもしれないのです。ニニの民は指先が器用と言われますが惜しむらくは国に産業がありません。我が国で出る羊の角を彼らに与えできた工芸品を我らが買い取れば、ひもじい思いをする民が少なくて済みます」
新たな計画が、動き出した。
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