魔女の食べ物

 大統領は無事帰国した。第一王子の妃候補として国の美女を五人連れてきていたが、全員を伴っての帰国となった。


「三人目の女性はなかなか色っぽく……」


「何かおっしゃいましたか」


「なんです? ミラケル殿下」


 王子の戯言に二人の妃の殺気を伴った突っ込みが入る。王子は冷や汗をかきながら話題になりそうなものを探して目を左右する。


「……あ、大統領閣下からいただいた土産物の数々はなかなか豪華であったな」


「……」


「……」


「ほら、ミクのためにとトウモロコシの種もいただいた。寒い気候にも合うよう品種改良をせねばならぬ」


 ファオンはまだ王子を締め上げる気だったようだが、ミクは情けをかけて王子の話題に乗る。きたるべき食糧難に備えてジャガイモを大陸に導入したいのだが、ジャガイモはその見た目の不恰好さと色の気味悪さから魔女の毒芋と蔑視され嫌悪感を示す国民が少なくない。国では安く買い叩かれたものが貧民層に売られているだけだった。


 そんなジャガイモを完全に導入できるまでの橋渡し的なものとして、物珍しい作物に慣れさせる意味もありトウモロコシの試験導入に乗り出すことになった。


「大統領様が置いてくださったトウモロコシの栽培農家のサスリカノ・ミラさんはとても親切に栽培を教えてくださいます」


 ナン大国で一二を争うトウモロコシ農家の次男で、家業を継ぐ長男にはない気軽さで様々な品種改良を試し成功を重ねてきた、言わばトウモロコシ改良の匠である。慣れない言葉を覚えながら、ミクの師にもなるのは並大抵の器量ではできない。


「そうか、それはよかった」


 不自然に話が切れてしまったので、各々の時間に戻ることになった。王子が居心地悪そうにそそくさと部屋を出ていき、ファオンと二人きりになる。ファオンはフフ、と笑って小声で「あなたもまだ若いわね」と言って席をたった。


「そういえば、ラカルさん来なかったな……」


 王子ミラケルの右腕の侍従ラカルは、今日は王子の邸宅にいるはずだったが、とミクは思いを致す。


「殿下が気にしておられなかったから、なにが用事でもあるんだろう」


 ミクのそのときの違和感は間違いではなかった。


「う、う……」


 ジャガイモなるものを口にしてみようと生の種芋に皮も剥かずにかぶりついたラカルは最初「味がしない」と感じたらしい。四半刻が過ぎて、自分の控室に戻ったあたりから足元のふらつきを感じ、すぐに激しい腹痛と嘔吐に見舞われた。


 ジャガイモに慣れていない王国民ならではの、初歩的な失敗だった。

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