栽培と飼育
ミクを責任者にするトウモロコシの品種改良は一期目に入った。
最上の状態で収穫できるのは収穫期のうち二三日らしく、二ヶ月に渡る収穫期をトウモロコシ担当の人間は王族平民問わず気の休まらぬまま過ごした。
ミラの手ほどきの元毎日トウモロコシを観察し、事細かに書物に書き記す。担当が変わっても情報を共有するためである。それほど気の長いプロジェクトだった。
気を張り詰めた彼らが唯一肩の力を抜けるのは、ナン大国の大統領が研究用にと贈ってくれたトウモロコシを使い、王国民の口に合うようレシピを考えるときだ。保存がきくように乾燥されたもの、さらに粉末状になったものばかりだったが、スープにしたりパンに交ぜてみたりと試行錯誤するのは楽しく、いつか自分たちの作ったトウモロコシで料理をしたいと栽培への意欲もますます熱くなる。
邸宅の中で働く農夫や料理人、王族などに試食を頼むにつれ、あることがわかってきた。
トウモロコシを使った料理は大半が好評だったが、粉末状にしていない状態でのそれをみると食すのに二の足を踏む者が一定割合で存在した。
麦から作られたパンを食してきた国民にとって、穀物とは均一で、粉末にされたものという認識だった。奇抜な色の粒々が椀に浮かぶのを見て、一種の気味悪さを感じる者も多かったのである。
同じくナン大国から寄贈されたジャガイモを使った、ナン大国に伝わる「コロッケ」なるものを頬張りながら談笑するプロジェクトチームは、笑いながらも落胆を隠せない。ジャガイモとトウモロコシを交ぜたものを油で揚げたそれは、噛み締めたときに感じるトウモロコシの感触が想定外で気持ち悪いと大不評だったのだ。
「ホクホクしていて美味しいんですがねぇ」
「粒の食感に慣れていないんでしょう。しかしこんな旨いものを食えないとはもったいない」
テーブルを囲んで黙りこんでしまった十人の前で、ミクも考えに耽っていた。
「……ここは、方針転換をしなければなりませんね」
ミクに視線が注がれる。
「子供たちに、試食してもらいましょう」
「子供たち、ですか?」
意図を図りかねるように料理人の経歴をもつ男が尋ねる。
「大人たちでさえ懐疑的なのに、子供たちが食べてくれるでしょうか?」
「子供は新しいもの好きですから、今まで試食していただいた方々のご子息に食べていただくのも手でしょうね。しかし、私が言いたいのはそういうことではありません。冷害や不作でまず飢えるのは農民のまだ年端もいかない子供たちです。まだ働き手と見なされない幼い子供は口減らしとして売りに出されたり……泣く泣く山に捨て置かれたりします」
「なんて酷い親だ!」
チームの一人がテーブルを両手で叩いて憤慨した。彼は名をチャコといい、裕福な家庭に生まれている。恐らく、誰かを捨てなければ家族の誰も助からないという状況が想像できないのだろう。そんな彼をミクは目で制し、続ける。
「酷いのは本当に親でしょうか」
「はい?」
「農民は働き手の確保のために子を多く産みます。一人の子を置いて生きるのも辛いのに、家族が生き残るためとはいえ数人の子を捨てなければならないことを悲しまない親はいません!」
部屋は沈黙に包まれた。ミクが母親であることを今さらのように思いだし皆気まずい思いで顔を伏せる。
「……すみません」
謝ったのは、ミクだった。
「つい、カッとなってしまいました。要は何を申し上げたかったかというと、貧村なら売られる子を我々が買い取り、養う代わりに働いてもらいます。新しく人員を調達するために必要になる食料を、改良している作物で補いましょう。ちょうど、ラカル様が羊の飼育に長けた配下がほしいとおっしゃっていました。畜産に関わる農村をいくつか挙げておいてもらえますか?」
ミクは料理人の男に声をかけた。
「はっ、畏まりました」
その日の会議は気まずい空気のままお開きになるかと思われたが、午前に試食に招かれていた騎士の使いが「奥方に食べさせたいから余ったものをいただけないか」と訪ねてきたことでほがらかな空気になった。
「もちろん。用意して差し上げて」
ミクの意思はミラケルの家臣の騎士たちにも確実に伝搬している。そうして、彼らから土地を耕す農民や庶民に伝搬していくのを、とりあえずは願うしかない。
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