再会

 歌を歌いながら日銭を稼ぐ、ちょっと前の日常に戻ったミクは、別れて一年経つ王子のことを思い浮かべていた。


 なにかの罰かと思った急な求婚、それに伴う急激な生活の変化、ぬいぐるみに仕込まれた毒針、忍び寄る隣国の魔の手とそれに抗う王子の苦悩。隣国の権力者が死んだ今、彼の苦悩は少しは和らいだだろうか。


 そして、産み落として一日も経たないまま生き別れた我が子。首が座った喜びも、初めてのハイハイも、始めての発話も、初めての掴まり立ちも知らないままで母親と言えるのだろうか。一年ぶりに会う我が子は自分を母と認識してくれるのだろうか。考えても仕方ないことばかり頭をよぎる。


 ミクは知らぬ間に、始まりの港に来ていた。混乱も終息に向かい、賑わう港にどこか安堵する一方、そこにいるはずのない王子の姿を探してしまっている自分もいた。


 相変わらず、王国ではけも耳というだけで差別されることが多かった。唾を吐かれたり中指を立てられたりすることも多々あった。しかし、それをたしなめる大人が一定数いたことは救いだった。


 旅の途中で聞いた話によると、なんでも、けも耳の移民を装ってテロを起こした移民排斥組織の構成員は、正義のためにと自らの耳を削いで頭上に布の耳を縫い付けていたらしい。自分が悪を被ることで目的を達せられるなら本望と言ったとか。移民排斥組織のトップは隣国の息のかかった者であろうし、移民擁護の人権派も、テロリストまで擁護するような論調だったため結果的に移民の尊厳を傷つけていた。両極端はよくないと考えさせられる良い例である。全体的に、王国の世論は中道に近づいていた。


「母なる者のその心 汝はなぜ私を愛す 依るべき故郷こきょうのない我を 何故そこまで慈しむ 汝のまなこは母なる大海の如く私を湛え その腕は故郷の山の如く私を抱く」


 何度も歌った母の歌だが、この歌はかつて母なき自分の支えになり、母なき王子を虜にし、母となった今我が子への愛を強く喚起する。母と呼ばれなくてもいいからせめて抱きしめたいとミクは強く願った。


 どこからか、馬の蹄の駆ける音が聞こえた。幻聴だろうか、あまりに王子を思うあまり。


「ミク!」


 幻聴にしてはあまりにはっきりとした夢だと思っていたら、背中で馬の音は止まった。


「君を待っていた、毎日ここに来ては君の歌を待っていた」


 物語のようなことは本当に起こるのだ。ミクは人の目も気にせず王子の肩に縋りついた。

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