錯綜する情報

 スパイは公にされている情報ではなく、厳重に秘された情報をもとにして動く。秘すべき情報をいかなる媒体に残すことも許されないため、文のやり取りでスパイ同士の連絡ができるはずもなく、メモを取ることもできない。情報保持には個人の記憶能力が、伝搬にはスパイ同士の会談が必ず必要だ。


 その連絡網は確かな政権の元ではこれ以上ない確かな効果を発揮するが、その政権が混乱するとあまりにも脆く崩れる。情報を取り次ぐべき仲間が、翻ったかつての仲間に殺されたり、あるいは返り討ちにあったりすると、彼らは瞬く間に孤立し、依るべき情報から迷子のように切り離される。


 シリは共和国で囚われの身に、その上司であった男は前体制側の忠実な僕である故にシリの部下であったワサに殺される。そしてワサは新体制の忠実な僕になり、まさに勢力図が一日、いや一刻毎に変わる日々がしばし続いた。そんな中。


 ルミディア王国では第一王子の唯一の妃が死に、第二王子の第三夫人だったサラは未だ行方知れず、第七夫人のミクは流浪の身になっていた。北国ニニ国では鉱物がめっきり売れず、困窮する若者たちが続出し、大陸全般としては気候の寒冷化で作物の不作が何年も続いている。


 王国の第二王子ミラケルは、共和国の前体制と近かった第一王子派の勢力の縮小に乗じて自らの勢力を強めていた。


 まずは過激な論調で移民排斥を叫び、ミクを貶めてきた新聞社カラたちの取り締まりを毅然として実行した。第二王子の取り締まりを妨害する者は存在せず、嘘や誇張を垂れ流してきたカラの業者が次々に牢に入っていく。その傍ら、権威ある新聞社はカラの偽善を暴いていく。男児のいない現王室において第二王子の子とはいえ歓迎すべきだった男児を身ごもっていたミクを敵国の扇動にやすやすと乗って無残に見殺しにしたと強い論調で非難した。


 まだ屋敷で育てている男の子がミクの子であると明かすには早いと感じた第二王子はそれを隠した。ミクが恐らくまだ生きていることも。扇動されていたことに国民も気づき始めたが、移民への嫌悪感はまだ拭えていない。


「ミク……君はどこにいる」


 長い時間がかかるかもしれないが、移民への差別を完全に拭えたなら、ミクを再び妃として迎えたい、と王子は考えていた。


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