原始の砂漠
ミクがこの土地にやってくる前は、原始の砂漠と呼ばれる砂嵐吹き荒れる西方の砂漠の向こうにいた。政情不安定で移民が流入してくる元となっている国の、さらに向こうだった。何人もの旅人を死に追いやった砂漠は昔から忌避され、その向こうになにがあるか長らくこちら側の人間は知らなかったが、ミクの母の代になり人間の耳を持たない犬のような耳を持つ人間が砂漠の向こうから現れたため、こちら側の人間はやっと砂漠の向こうに文明があることを知ったという。
人を寄せ付けない砂漠から来た人々を、こちら側の人間は気味悪がった。姿かたちが異なることも彼らの排外的感情を刺激した。けも耳の人間はあちこちで疎外され、ろくな仕事につけなかった。そして、ミクの母が死んだ年、西方で酷い飢饉が発生した。
「普通の人間」の国である西の国では失業者が大量に発生し、生活必需品を売り惜しむ富豪に抗議する暴動が各地で多発した。生まれ育った土地を追われるようにして逃げてきた「普通の人間」の移民はミクと同じように疎外されたが、同じ境遇になったというのにけも耳を労わらなかった。むしろ歪みのはけ口として、より弱い立場のけも耳を迫害したのである。
そんなこんなでけも耳は生活環境の悪い地区に押し込められるように住んでいたが、そこでもミクは孤立し一人港で歌を歌い生活をする身になった。
けも耳の人間が砂漠を越えてこちらに来たのは、西の国と同じく飢饉によるものだった。西から近づく天変地異の影に人々は怯えるようになり、やがて東にも天候不順が良く起こるようになった。小麦の高騰に起因する庶民の不満と富豪の思惑が一致してチベッタでは王政が廃され、ルミディア王国ではゆとりのない生活を強いられた国民の不満のはけ口として移民に更なるしわ寄せがかかった。
ミクは、すべての始まりである砂漠に思いを馳せた。そもそも、なぜ西からおかしいことが続くのか。
そういえば、とミクは思った。砂漠のこちら側にきて間もない頃は、太陽のよく照る暖かい国という印象だったのに、最近の空は冷たく暗い。
「もしかして、太陽が弱っているのかしら」
もしそうなら、このまま周辺諸国の気候がどんどん変わっていくのは止められないということになる。環境が否応なく変わるのなら、人もそれに応じて対策を練らなければならない。仲間割れしている暇はないのだ。
「まずは小麦の改良に、寒くても育つ作物の探索、弱者への雇用の担保に並行して強者にも生活のゆとりを与えなければ」
いがみ合う移民をはじめとする弱者と富豪や王族をはじめとする強者の両方を、一気に救済しなければ、事態の解決は見込めないとミクは感じていた。
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