居酒屋さえずり

 次の日のこと。ミクは例の居酒屋の常連タオと彼の仕事場である鉱山に来ていた。


「しっかしお嬢ちゃんも奇特な人だねえ。鉱山労働なんてキツイ・キタナイ・キケンの三拍子揃った職業だからこの国じゃあ誰もやりたがらないし、女の子ともなりゃあ寄り付きもしないのに」


「まあ、ここで仕事をするわけじゃないですから」


 ミクは苦笑い気味に告げて、目の前に広がる山に目を遣った。山の各箇所に空いた穴からいくつものレールが縦横無尽に敷かれ、真っ黒になった労働者が坑車を押す。少し掘り進めては崩落しないように岩盤を固める作業は気の遠くなるほどの重労働で、かつ掘った先に鉱脈が見つかる保証はない。ミクは先ほどタオに教わったことを反復し、そして山を見上げると、なおのこと労働の過酷さを感じた。


「タオさんはなぜ鉱夫になったんですか?」


 何気なく聞いた問いにタオは顔を曇らせた。返事がないことをいぶかって振り返るとタオが唇を噛んでおり、ミクは慌てて謝る。


「いんや、お嬢ちゃんは悪くない。ただ、今働いてる鉱夫たちにそれを聞いたら嫌な顔をするだろうね。俺たちはなりたくてなった訳じゃないから」


 産業がない国の現状だ、とタオは悲しく笑う。確かに、王国ではブルジョワ階級になってもおかしくない教養を持っている男たちがここでは軒並み肉体労働をさせられている。確かな教養を役立てられない悔しさは、学のないミクにも想像がついた。そうして鉱山資源は有限である。ここを掘りつくせばタオは仕事を失うのだろうか。


「当分は大丈夫さ。この国は鉱物資源だけは豊富にあるから」


 自嘲だと本人は気づいていないのかもしれないような優しい笑みを浮かべてタオは歩く。ミクは何も言えず、先に歩き出したタオの背を追った。きしむレールの音や苦しさの滲む男たちの顔を見るにつれ、国の重要な産業に従事し国の繁栄を支える労働者たちが、こうも忌み嫌われ過酷な環境で働かなくてはならない現状を何とかしたいと思うようになっていた。


 一方労働者たちは、女っ気の全くない職場故か、久々に見る女性に顔を上げ、どう反応したらいいか戸惑い、終いにははにかむようにミクに微笑んでみせた。彼らに女性差別をしている意思はない。単に、女性には向かない労働の現場にミクのようなうら若き少女がいることに戸惑っただけである。


「やはり女の子が来ると仕事がはかどるようだねえ」


 そう言い、いつもの陽気な顔に返り茶目っ気たっぷりに言ってみせるタオに、ミクはあることを思いつく。


「タオさん、ちょっと待ってて」


 ミクは自分が働いている居酒屋へと走る。気をつけてな、といい仕事に戻るタオの声を背に受けてミクは全力で走った。


「店長!」


 乱暴に戸をあけたミクに、開店準備をしていた店長が目をむいて驚いてみせる。この居酒屋には鉱山労働者くらいしかこないから、営業はいつも日が落ちるころから始まるのだ。


「そんなに急いでどうしたね。鉱山に行ったのではなかったのかい? ……もしや、滑落で人が」


「店長、ご飯ありますか?」


「ん? まああるにはあるが、どうする気だ?」


 ミクが矢継ぎ早に話すのに、完全にペースを持って行かれている。店長はミクの必死さになにか悪い状況を思い浮かべたのだが、次の言葉が「ご飯」ときてミクの話の行く末を測りかねていた。


「おにぎり作ってタオさんたちにご馳走しようと思って」


 しばしの沈黙のあと、店長は弾かれたようにひとしきり笑ってみせ、よかろうその話乗ったと胸を叩いてみせた。店長が赤字覚悟で炊いた米は店員たちの手で塩の効いたおにぎりにされ、鉱山に置かれた大きなテーブルに所せましと置かれる。


「こりゃどういう了見だい?」


 作業の手を止め坑道から仲間を呼び出し、あちこちから男たちが集まってくる。


「今日はカナリアちゃんの提案でパーティだ。赤字覚悟でおにぎりを用意したぞ! タダだからたんと食べな」


 歓声をあげおにぎりにかぶりつく男たちがまぶしい。


「これからも居酒屋さえずりをよろしくお願いしますぜーッ」


 店長の宣伝は、恐らく誰も聞かれないままであった。そしてそのまぶしい光景を、ミクはある使命を感じて見つめていた。居酒屋の看板娘としてできることは限られている。でも、王子妃なら、できることはもっと広がる――。

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