望まない再会

 王国ではミクへの風当たりが厳しい。おめでたいことをおめでたいと書く政府公認の雑誌や新聞が、異常なほど、今は一妊婦に過ぎない王子の妃を叩くカラ非公認の新聞社たちにこき下ろされる。彼らいわく、検閲を受けた新聞社たちは権力におもねる「体制の犬」で、彼らこそ真の正義だというのだ。


 報道機関の検閲などはないにこしたことはない。しかし王国はつい最近、現国王になってから市民の市民による報道を許したばかりで、検閲をえない自由な報道はそこまで王家に期待すべくもない。それまでは王家の発行する機関誌くらいしかなかったのだ。


 対して「カラ」と呼ばれるモグリの新聞は、設立時の志は正しかったのかもしれないが、銀行から融資が得られるわけでもなし、富豪が買い上げてくれるわけでもなし、薄い紙きれでできるだけ庶民の関心を引こうと過激な報道に偏りがちである。過激なだけならいいが、時にガセネタを堂々と報道してしまったり、今のように隣国からの工作に簡単に引っかかってしまう。


 チベッタ共和国の工作員からもたらされた、絵師の書いたミクの姿にほぼすべてのカラ業者が飛びついた。真偽の確認も情報をもたらした者の思惑の推察もせぬまま、過激な論調で新聞は発行され、まるで近年の王国の全ての災いがミクの責任であるような書き方をされる。なかでも、テロリストと同じ容姿であったことが生粋の国民たちの憎悪を掻き立てた。


 第二王子の妃はあちら側の人間けもみみだった。ただそれだけで、第二王子の評判はがた落ちになる。そして、移民の血を引く成功者も、白い目で見られたくないという理由で同族を叩き、あるいは沈黙した。


 移民に対する憎悪は、いつも異形のものに向けられる。移民の血を引いていても耳が横についた者は受け入れられ、成功者になることも可能だった。一方、移民の血が薄い者のなかに稀にけもみみが発現してしまうこともある。――彼らが一番悲惨だった。


 ある成金の邸宅で、本来その財宝と名誉を継ぐべき長男が、何日も身体を洗っておらず満足な衣服も与えられない状態で家から閉め出されていた。彼の耳はキツネのように上に立ち、それでいて悲しく萎れている。家のなかに妻はいない。穢れた血に娘を嫁がせたつもりはないと屋敷の主人にとっての義父が言い出し、彼にとっての娘を連れ戻してしまった。


 王国は、開かれてなお保守的な人間が多い。王家に、すべての悪の原因とまで言われているけもみみが入っていたという事実は、移民に恨みを持つ者にとっては許しがたかった。ただの移民なら同情や憐憫を投げかけていた国民も、第二王子に移民の妃が嫁ぎ子までなしたという事実は移民の脅威・・・・・を身近に感じさせ、けもみみという特性に対する負のイメージが一気に沸騰した。


 件の家の主人は、けもみみが出なかった次男を次の当主と定め、何事もなかったように――妻の喪失をより弱者の子どもを心から追い出すことで慰めながら――生活している。今も、家の中からは幸せそうな笑い声がした。全ての責任を負わされた子の眉が苦しげに上下したかと思えば、うつむいたきり動かない。恐らく泣いているのだろう。


 紙片手に会ったこともない第二王子の妃を弾劾する居酒屋の店主、小作農、そしてあろうことか子供たち。富豪の家が立ち並ぶ高級住宅街を抜けて下町に出ていた彼は、そんな荒れた人心の中を、ひょいひょいと器用に人を避けながら歩いていた。


 彼は郵便物の運び屋に化け、一直線に王都の中心部へ向かう。運ぶのは物騒なものだが、すれ違った人間にはそうとは悟られていない。悟られないためには堂々とすることだと、昔教わった。


 今日は、ミクの出産予定日である。王子に子が生まれると、一週間以内に王子と妃は国王に挨拶しなければいけないという慣例が王国にはあるため、警備の厳しい第二王子邸から防壁もなく内部工作も進んでいる王宮にミクをおびき出せるのだ。


 ミクをるなら自分と彼は決めていた。彼女が港で歌を歌い日銭を稼いでいたころ、彼女の歌に、心を隠して生きなければいけない生業の自分の心がどれだけ癒されたか。だからこそ、せめて主に逆らえぬならば、自分の手でミクを殺したかった。


 ――果たして、その日は来た。


 第二王子とミクは王都に来ては、王子の父である国王にまみえる。


 双方にとって、願わくば実現してほしくなかった再会が、刻一刻と近づいていた。暗殺の実行犯はターゲットに会いたくない。彼自身、それがおかしいということはわかっていたが、他の誰にも殺させないという決意だけが彼をそうさせていた。

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