独裁
王国に刺客を放ったサオサーン共和国だが、その歴史は浅い。五十年前に王家を断絶させ二議会制度をとるようになり、暦や測定単位を他国と異にした共和国は、常に周辺の王国から危険視され、不利な条約を結ばされてきた。
いかんせん、革命は過激だった。ブルジョワの権利の主張から始まったそれははじめこそ穏健だったが、王都の長ズボンを履く薄汚れた貧しい者たちに波及するや一気に過激さが増し、焚きつけられた貧民は政治犯が収容されていると言われた牢獄を急襲し気勢を上げた。
サンスキュロットと言われた貧しき者たちの反逆は周辺諸国に強い衝撃を与え、ルミディア王国における貧民や移民に対する差別の増幅の端緒となったとも言われている。
体制を破壊されては困る周辺諸国はこぞって出兵し貧しき者の反逆の成功例を作るまいと動いた。官僚と常備軍を有する周辺諸国は強く、有事においても呑気に人権を論じ危機においてなおも揺れる議会というものはろくに軍を動かせず各地で惨敗したのであった。
その反省から任期が短いが権力を持つ独裁官を有事においては選出する法が整備されたが、皮肉にも不平等条約で侵略戦争に必要な軍備を身ぐるみはがす条約を結ばせ安心したのかピタリと周辺諸国の侵攻はやみ、それ以降共和国は小競り合いしか経験していない。
そして五十年がたち、独裁官は文字通り独裁に悪用された。共和国は見かけ上議会制民主主義に則っているが、中身の九割が同一政党の議員である。その政党の代表で総理大臣を務めているのは、ロベスという男だった。
ロペスは更なる権力を求め、警察権を首相に一任する全権委任法を党の名で議会に提出し、野党の猛抗議もむなしく成立した。もっとも野党など十人程度で、抗議した者は例外なく牢獄の床を涙で濡らすことになった。そして彼は議会を解散した。今共和国は新しい内閣の組閣が終わったところであった。
議会には野党というものは存在しなくなった。全権委任はあまりにも強力で、彼は閉会中、警察権力を使い政敵をことごとく駆逐していたのだ。もはや牢獄では収まらなかった。国の政治を混乱させた罪を着せられ、何事かと玄関に出てきてすぐ射殺されることも多かった。
この国の王家が滅びたのは、王家の横暴が理由だったはずだ。少なくとも革命派はそう主張した。王朝最後の王の妃となった王妃マリーは小麦価格高騰に悩む国民にならばシャンミという菓子を食えと言い放ったと言われている。
しかし、革命は小麦価格のさざ波で生死が変わるような貧民の手でなし得たものではなかった。革命の原動力になったのは、裕福な商人の、王家の圧力に束縛されずに新たな販路を開きたいという邪欲だった。
貧民は貧困から抜け出すべく武器をとり闘ったが、王家を滅ぼしたいわけではなかった。貧民はサンスキュロットという称号と名誉を手にした返礼にいたずらに人命を手放した。王家が滅亡し莫大な利益を手にしたのは大商人であり、それは貧民にとり新たな王家の出現に他ならなかった。
「敬礼ッ」
第一書記官の号令と党員の敬礼に応えながらロベスは登壇した。彼は貧民の出であり、第二の王家を毛嫌いする社会主義者だった。彼は清貧を貫く一方大商人の既得権を大胆に再分配し、国民の六割を占める貧民から狂信的な支持を受けた。
「ご苦労さま。今日もいい日和だね」
彼はそう言って席に座るのが日課だった。しかし彼は気づいているだろうか。権力を憎み権力の市民への還元を望むあまり、自身が第三の王家になっているというアイロニーに。
共和国は、これから混乱期に入ることになる。そうとは気づかないまま権力欲にほだされた彼は、議会の閉会中に密かに行っていたある仕事の仕上げにかかろうとしていた。
彼の好物は皮肉にもシャンミだった。小麦を大量に使う密度の高いスポンジケーキのようなもので、裕福な人間はそれに牛の乳から作ったクリームや果実をふんだんに乗せて食べるものだった。
彼は、そんなシャンミを何もつけずに食した。肥え太った商人とは違うと言いたかったのだろうが、所詮シャンミはシャンミであった。
すでに彼は貧しい者の視点に立ててはいない。どれだけ清貧を通そうとも、彼が権力を握っている事実には変わりがなかった。
――打倒ロベスの旗は、見えないだけで雌伏していたのだ。
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