沈黙

 ニニ国は慎重にルミディア王国の動向を見守っているようだった。


 代々友好関係を保ってきた南隣の国の第二王子に、今さら刺客を送りつける理由はニニ国にはない。むしろ、鉱物資源を持続的に買い取ってくれる得難い隣国であり、ニニ国にとって王国はこれからも友好関係を保ちたい相手だった。


 そんなニニ国は各地を治める貴族たちの会合で国を運営していた。高い山脈に囲まれたこの国は、中央集権による強いリーダーを必要とする困難に滅多に遭遇してこなかった。貧しいがゆえに、外敵の侵略にあったことはないのである。


 山々から切り出した石で作られた荘厳な宮殿は、荘厳とはいえ他の国のそれに比べこじんまりとしている。若い王族は他国に駐在大使として国を留守にするため、会議室に集まったのは老人ばかりであった。


 事態を見守るしかないと静かに進むかに見えた会議だが、一人怒りを隠さない老人がいた。現ルミディア国王の母を娘にもつ、有力貴族の隠居である。


「あの性悪女に王国は牛耳られているに違いないわ!」


 やれやれという風な沈黙を、彼は「続けろ」の意味にとった。こうなってしまうと遮る者は集中砲火に遭うので誰も発言したがらない。


 そんな空気をものともせずに、新興国家の南国ナンからルミディア王国に嫁いだ第一王子の母親に、老人は嫌悪感を露わにする。彼女が肌を露出し王子を誘惑したと根も葉もない噂を信じ込んでいる彼は、ニニ国からの妃を第二王子につけた王国すら恨んでいた。そのとばっちりで第二王子の印象もよくない。


 つまり、ルミディア王国の第二王子ミラケルはニニ国出身の母から生まれニニ国出身の妃を持っている。その妃とはファオンのことだった。


「挙句に我が国に王子の妃を暗殺しようとした罪をなすりつけよって! 貧民上がりの妃など暗殺する価値もないわ!」


「ご隠居さま、王国は犯人を我が国の者だと断定したわけではありませぬ。それに他国の王子の妃を貧民上がりと揶揄するのは……」


「うるさいわッ」


 ファオンを輩出した家の老人に視線が集められ、仕方なく彼は口を開いた。しかし、ルミディア王国現国王の妃を輩出した家の者に比べたら立場は圧倒的に弱い。皇太子の兄弟は王位につけないルミディア王国のしきたりも影響していた。


「王になるわけでもない王子のことなどどうでもいいのじゃ、貴様は黙っておれ――!」


 隠居となった身でなおも国政に関わり続けるこの老人は、ニニ国の目の上のたん瘤であった。しかし、一番高齢の彼は国にとって有意義な助言をしてきたことも多く、無下には扱えない。


「ご隠居さま、皆が困っているではありませんか」


 娘を嫁がせるにあたり第二王子と会ったことのある彼は、第二王子に好印象を抱いている。義理の息子を遠回しに責められているようで彼にとって確かにいい気はしない。せめて攻勢を削ごうと会議の間に集った他の貴族を引き合いにだしたら、今度は彼らから恨めしげににらまれてしまった。それにそんなことを言われてはさらに老人の機嫌が悪くなる。


「む、そもそもお前のような弱小貴族の娘しか良い年頃の娘がいなかったのがそもそも悪いのじゃ!」


 案の定怒りを増幅させ、あらぬ方向へもまき散らす老人は、誰とは言わないがそっと目くばせされた屈強な男たちによって会議場を追い出された。いくら国の有力貴族の家の老人とはいえ、ここまで場を荒らされてはかなわない。


「隠居故あの男の言動がこの国の責任になることは原理上あり得ない、しかし。しかし、あの男がなにかしでかさないことを願わずにはいられんな」


 誰が呟いたのか、そんな言葉が会議場に浮かんでは消えた。小国はただでさえ慎重に立場を選ばなければいけないというのに……。

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