思惑

外交努力

 第二王子は思案していた。彼の目の前には彼の正妻というべきファオン、そして侍従のラカルがいた。


 彼がファオンにミクの懐妊を告げたとき、ファオンは眉一つ動かさなかった。彼女自身嫉妬はもちろんあったし、ミクには恨み節一つも言いたかったが、ファオンは王子の右腕としてそこまで暗愚ではなかった。ここで妃たちの歩調が乱れると、王子は政敵に足をすくわれかねない。ファオンが嫉妬に狂わぬ以上、他の妃もミクを表立って虐めることはできないのである。


 聡い女性は万物を上回る宝……そんなことわざが東方の国にはあるらしかった。その言葉を王子は思い出し、感謝の意味を込めてファオンに向き直る。


 そしてラカルは、積年の不和をミクの懐妊で乗り越えたという妙なふれこみで王子の腹心の部下として正式に返り咲いた。


 彼はミラケルの兄である亡くなった第二王子の部下であった。彼自身は行き場のなかった自分に主をもたらしてくれたミラケル王子に恩を感じていたが、亡くなった第二王子の部下だったことで疎まれているという設定で王子の近くにはたまにしか侍らなかった。王子はラカルの能力を見込んだ上で、彼を突き放し独立部隊として自由に活動させた。


 見かけ上不和であることで比較的自由に動けており王子に有益な情報をもたらしていたラカルだが、おめでたいことを吉兆であり続けさせるために、ラカルも自身に足枷をはめて王子の足元を固めたのである。


「わずらわしい問題だ」


 王子が呟いた。王子の母の出身国である北国二二であるが、兄である第一王子の母の出身国ではない。そして慣例は現国王で崩れ、その子である王子たちにも妃の出身国は引き継がれた。


 第一王子の母親は近年経済成長著しい南国ナンの出であり、長年にわたり歴代の王の母であり続けたニニ国の妃に先んじて王子を産んだことに並々ならぬプライドを持っている。そして権力欲が大きく、第一王子サラエルに年が近い第二王子ミラケルの後ろ盾であるニニ国を異常に警戒している。


 その北国ニニが思わぬ濡れ衣を着せられたわけだが、ノンが黒幕と自ら白状したチサオサーン共和国に王国はいつまでたっても遺憾の意一つ示さない。王家の調査機関の調べはもうついているはずだ。それでいて王国は、疑いを晴らしに来たニニ国の特使を門前払いにした。しかしニニ国にも王家は沈黙を保っている。


 サオサーン共和国の陰謀を陰謀の外で知っているのは王家ではミラケルだけである。だからこそ、うっかりそれを口走っては「どちらにでもできる」用意ができている王家にまんまと嵌められてしまう。


 真理はその真偽を、より知られているかで判断されがちだ。第二王子は下手をすればほら吹きにされ、もっと下手をすれば罪人しか知り得ぬことを知っていたと弾劾され自らの妃を手にかけようとした男として歴史に名を残してしまうかもしれない。


 つまり、王家の機関も知らない事実を知っていると宣伝されるか、ニニ国の陰謀に相違ないのに嘘を言って捜査を混乱させたと宣伝されるか、どちらにでもできるのである。


「王家で誰がサオサーンに通じているか早急にふるいにかけねばなりませんな」


 ラカルが言うが、それきりである。王子はあまりにも王家に味方が少ない。そして妃たちの足並みが揃っているかについて王子はまだ結論を出せずにいた。


「何のための、側室にございますか」


 ファオンが言った。王子はファオンの方を向く。まるで自分の心を見透かされたような第一夫人の言葉に思案を乱された形だった。


「どういうことだ」


「殿下の反対をおして私が毎月商人を招いては着物や茶碗などを高値で買っていることはご存知でしょう?」

 

「……あっ」


 必要以上の散財を嫌う王子は幾度となく妃たちに節制をもつよう言い渡してきた。しかし第一夫人ファオンは、王子に対してそれだけは譲らなかった。王族の威厳を保つためと言い張って、高価な芸術品を買い込んでいたのである。


「撒いた金も無駄になるとは限りませんよ」


 夫であるミラケル王子から散々小言を言われてきたのを見返すようにファオンは言った。


商人あきないをするものは下世話な噂話に精通していますから、ね」


 骨董品好きで通っているファオンが今月も商人を国のあちこちから招くのはなんらおかしいことではない。そしてお得意様であるファオンと側室たちに商人が気をよくして一つ二つ何かを口走らぬとも限らない。


「あなた様は外の外交はお得意なのに内の外交は苦手であらせられますなあ」


 窮地に立たされたなら、まずは情報を集めること。それは王子が常日頃から心がけていることでもあった。この風景は、さながら自分の信条を妃に逆に説教されているようなものだった。


 ファオンが上品に口を押さえて笑う前で、ミラケルとラカルは顔を見合わせていた。


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