王国のジレンマ

 夢からまだ覚めやらぬ幼子のように、ミクはぼんやりと上の空であった。緊張のあまり何を飲み何を食べ何を話したのか全く覚えていないパーティーではなく、既に六人いる王子の妃について、ミクは思いを巡らせていた。


 女の園ゆえの嫉妬や嫌がらせというものは微塵も垣間見れなかった。むしろ、第一王妃以外の妃たちは王子と第一王妃の娘のようにふるまい、妃同士の間柄はまるで姉妹だった。それは巷で語られる貴人の憎悪にまみれた物語とは違うのだと、ミクは認識した。


 彼女らを結びつけているのは、妃としての地位でなく「王子に見いだされた存在」としての矜持であり、王子から与えられた各々の役目を果たすべく結束してことに当たっている。


 下らぬ権力闘争を想定していた自分が恥ずかしかった。とともに、自分の責任の重さに目が眩んだ。


「君にはこの国の外交官になってもらう」


 正装の王子が告げる。その姿は馬にまたがる自由人としてのそれを思い出すこともできないような、王族として生まれた者の全てを背負い立っているような姿だった。


「この国の顔として、一挙一動を諸外国に見られていることを忘れるな」


 ポカンとしているミクを置いてけぼりにしてそれだけを言い、いつものおどけた雰囲気を微塵も出さぬまま早々と席をたってどこかへ言ってしまった王子の後ろ姿だけが、何度も瞼の裏に現れては消える。寂しさと誇らしさが混じっては、フワフワとミクの思考は頼りない。


 パーティが終わったのちに第三夫人サラに聞いた話をミクは思い出す。


 王子の夢は、移民や外国人がのびのびと暮らせる国の実現だった。しかし、それは門外漢が思い描くより遥かに難しい。貿易で国益を導き、様々な民族や種族が入り乱れる王国ならではのジレンマがあった。


 王国が取り引きをする国は多岐にわたる。新興国家や発展途上国、はたまた王国民の国民性に合わない共和制の国々の人間も国内に訪れる。


 商いをする以上相手を立てねばならぬ故王国民は普段は表立って彼らに不満を呈することはない。しかし、いや、だからこそ、と言おうか。王国のマナーを無視し価値観を否定するごく一部の商人を、王国民はその商人の出身国のすべてだと思ってしまう節があった。


 王国民の不満は水面下で増大し、やがてそれは長い月日をかけて憎悪に変わった。そして運の悪いことに、王国西方からの不法移民が王国内でテロを起こした。三ヶ月前のことだ。その移民にはけもみみがあった。


 移民や外国人への憎悪を圧し殺していた王国民の一部が、ついに過激な排外主義者と化してしまった。


 王国は諸外国と貿易をする以上、特定の国や民族を非難することはできない。それをしてしまうと、王国は中立性をなくした貿易国として、たちまち経済圏から締め出されてしまう。


 だからと言って、理想論では過激派排外主義者たちを押さえきれない。現に、王の元の議会は紛糾し、過激派の支持層を持つ議員たちの強硬採決で「移民の就労を制限する法律」ができてしまった。


 さらには、王を廃し共和国になった隣国を極端に恐れるあまり、尊王派と呼ばれる王家を過剰に慕い崇拝する団体も現れた。崇拝される側の困惑と苦悩を彼らは無責任に知ることはないのだろう。


 王国は、転換期にきている。しかし、既存の秩序のなかにいる他の王家では、改革は行えない。だから王子は、第二王子としての気楽な立場を生かし、あるいはあえて既成の価値観から抜け出した場所に身を置いて、誰にも理解されないまま孤独な闘いに名乗りをあげたのだ。


 殿下のお仕事が国民に理解されるのは百年後かもしれないし、二百年後かもしれない。それまではせめて、妃である我々が殿下の一番の理解者でありたい。


 そうミクに言った第三夫人も、ミクと同じケモ耳の持ち主だった。そしてそう語り合う二人を、第一夫人ファオンが母の眼差しで見つめていた。まるで娘の成長を喜んでいるように。


 そしてミクは思いを馳せる。この国の政治機構の仕組みも知らずに、ただ自分が正しいのだと、この貧しさは王族のせいなのだとオッドアイの王族をただ恨んでいた。その王族に見出されなければ、ミクはこれからも無知のままで、もしかしたら誰かにそそのかされてテロを起こし、けもみみ差別の片棒を担いでいたかもしれない。


 どういったらいいのかわからない感情だった。そんな感情を持て余し、ミクはふうと息をついてきらびやかなベッドに横になった。

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