ファースト・エンカウント

 彼女―サクラ=ミラーはケント=ミラーとベネシア=ステラとの間に生まれた長女であり、白人と東洋人のハーフである。なお、母親の名はこちらの風土に合わせるために作った第二の名前だ。


 彼女の話せる言語は、英語のみ。幼くしてこちらに家族共々引っ越して来たが、未だに現地の言葉を覚えようとしない。


 彼女いわく、現地の言葉を覚えたところで白人の血を引く自分への陰口しか聞こえないから、最低限通じる英語だけでよいらしい。彼女は他人の悪意に人一倍敏感になり、自らを遮断していた。


「――来たか」


 頭上を飛ぶのは正義の翼。私をテロリストとでも思っただろうか。回りに迎撃砲はない。滑空を阻む建物もない。甘く見たのか翼はぐんぐん低空に迫り、私を捉えた。第二次世界大戦での対日本戦を彷彿とさせる、低空爆撃をするつもりだろうか。


「死ね」


 十メートルなら、私は飛べる。むろん実際に飛ぶわけではない。


 ――私の魂であるこの剣は、飛ぶ。


 投術剣という今までにない剣術を私の父は創始した。あらかじめ近くの大きな柱の残骸に糸をつけており、それは剣に繋がる三つの糸のうちの一つだ。そしてもう二つは私が両手に持っている。


 周囲にある大きな残骸と言えば前出の柱しかない。私がそちらに逃げると踏んだ戦闘機はグン、と彼らから見て左に旋回した。


「馬鹿め……!」


 私から見て右に逸れる機体を薄ら笑いで見届ける。ここから先の戦闘機の動きは手に取るようにわかるので、わざわざ目で追うまでもないが、それでも万が一間合いを見失ってはいけないので視界の端に機体を捉え続ける。間抜けなほどに戦闘機の胴体が私の手中に晒される。私はほくそ笑みながら回転を掛けて剣を投げる。――本当に、馬鹿だ。


 着陸するつもりだったのだろうか、車輪が出ていた。私は糸を操って剣を車輪を支える引込装置に巻き付けた。


 ぐい、と引っ張る。もとより力比べをしようというわけではない。ほんの少し体制を崩したがすぐに建て直した戦闘機のパイロットが、年端もいかぬ娘の自機にとりついているのに気づくには、さほど時間はかからなかった。


 柱につけた糸を、大きく振ることで柱に引っ掛けた金具を解いた。そのまま着陸してくれてもよかったのだが、戦闘機は慌てて車輪を仕舞うや急発進した。フロントガラスにとりついて気味悪い笑みを娘に浮かべられては正常な判断が狂うらしい。


 レコーダーに、私の姿は捉えられているだろう。機から降りてトドメを刺しておけば、これ以上「無辜むこの市民を追い回した」事実が残らずに済んだのに。


 グルグルと戦闘機は旋回し、私を振り落とそうと躍起になった。しかし、そんな簡単に落ちる私ではない。


 私は剣を側面の扉に叩きつけた。あっけなく、戸は破られた。


 この剣はただものではない。地下核実験場で見つかった謎の元素、通称オリハルコンと人は呼んだ。金属の一種と思われたが、未だ結晶構造はわかっていない。


 オリハルコンで作られた剣は万物を破る。しかし矛と盾の逸話のようにはならない。オリハルコンは、平面に成型するのがむつかしく、誰一人として成功していないのだ。


 すなわち、この元素は”肉を切らせて骨を断つ”、超攻撃系の戦士に向いているのだ。私のことではないか。


 核がいかなるものか私は知らない。だが、これだけはわかる。それはしばしば人を殺傷することに使われるものだ。


 因果なものだ。あるいは必然だろうか。核分裂という現象は新たな人殺しの道具を産んだ。それが、今私の手の下にある。


 そうこうしているうちにジャックは済んだ。先客は落としてある。口ほどにもない奴らめ。もっと楽しませてくれよ、忌々しい。


 私は戦闘機を運転し、何事かと心配する無線にモールス信号で”無事”を告げたあと、戦闘機の出でし場所に”帰還”すべく進路をとった。






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