戦争の終わり

 おとぎ話は聞き飽きたと幼子すら言うほどの冷たい現実が吹き荒れていた。銃弾の降り注ぐ音を聞かない日はない。せめて子には健やかにあってほしいと命からがら持ち出した絵本すら、他ならぬ子どもに薪にされる。

 この子は恨んでいるんだろう。母親を奪ったあの兵士をできれば殺したいはずだ。背を向けるその態度から、昨日彼女が口にした言葉が生半可な決意じゃないってことを思い知らされる。

「兵士になる」

 彼女はそう言った。兵士になることを拒み仲間からも締め出された私を一族の恥と蔑んだ。だが彼女は、年端もいかない子どもすら徴収されることの意味を本当にわかっているんだろうか。

 遺跡というものが滅んだ文明を表すものならば、この街はまさに遺跡になり果てようとしている。それすら許さぬという風に人っ子一人見えないこの街に爆撃する音が微かに聞こえる。

「できたぞ」

 具のないスープを差し出す。それでも彼女は振り向かない。

「……兵士ってもんはスタミナが切れた方が負けだ」

 撃たれたように振り向く目は高揚している。

「闘う気なら、食え」

 もうこの子は止められまい。この目をしてしまった人はいずれ人の血を吸う。

「その代り、俺とは今生の別れだ」

「分かっている」

 私は目を見開いた。この子は、一人で生きていくつもりだったのか。そこまでの決意だとは思わなかった。

 スープを掻き込んで、我が子は何も言わず椀を割る。ジャンパーを着て、バックパックを背負い、静かに手を伸ばしてきた。

 今さら別れの握手なんて感傷に浸る子ではない。私の得物である剣をよこせ、と言っているのだ。

「……死ぬなよ」

「死ぬと思うか」

 十歳の女の子とは思えぬ低い声で彼女は言った。

「遥か東方の島国の、万人必殺の剣技を皆伝した、世にただ一人の私が」

 この子が血を欲するのは私の血を引くからだろうか。家庭を持って以来人は殺していないが、これが我が種族の抗えない定めなら仕方ないだろう。

「そうだったな」

 喉まで出かかった言葉を苦く飲み込む。そんな私を見ることもなく、彼女は歩き出していた。

 サクラ=ミラーと名付けられたあの子には、二つ名がある。

『死神のメタファー』

 あの子の足元にはこれから幾つの死体が転がることになるのだろう。


 やっとあのクソ親から逃れられた。人殺しの癖に親面するのが気に食わなかった。戦わないという選択がさらに私の血を騒がせることになぜ気づかないんだろう。

 殺人を自らに禁じた十年を一番近くで見ていた私にはわかる。あいつは、血を私のために忌みながら、自分のためには欲していた。自分が愛した人を殺したあのスナイパーを、許せぬのは他ならぬあいつだ。

 禁断症状とでもいうんだろうか。他人を刺してぞくぞくする瞬間を経験しては、もう戻れない。

 わかるか、いやわからないんだろうな。私は、お前のカルマを背負って人を殺しに行くのだ。

 剣を他人に渡した時点で奥義は失効する。私が自分の武器を作らなかった真意をあの親は気づくまい。

「お前の分まで人を殺してやるよ」

 血を吸い尽くしてこの剣が錆びるまで、私は戦う。

「今度こそ、安寧を手にしろよ、馬鹿親」

 ペッと唾を吐き、私は道を急ぐ。銃弾の振る音が聞こえる地まで、遠くない。

「早くこっちに来ないかな、戦闘機」

 バタバタと倒される側の人間とは言えない言葉だと自分で言っては笑う。

「ほんと、笑えるよな。あの戦闘機、国連軍なんだぜ」

 あいつらの掃討を待つ集団は潤沢な資金を以てしてとうの昔に地下に逃げてるだろうに。

 幸せな国の国民が金を出し合い、無力な自らを慰めるために爆撃するのは市民。

「正義の鉄槌の顔して、よくも」

 歯を強く噛む。あの痛みは忘れてはならない。

「よくも、我が母を――!」

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