第5話 終章

 黒羽織に網笠を目深にかぶった男が歩いていた。

 時折吹く風が、黒羽織をなびかせる。羽織の内側に色鮮やかな何かが刺繍されていた。桃と極彩色の鳥たちだ。

 黒葛太郎右衛門桃鳥であった。

 先ほど、小典に事務仕事を押しつけた桃鳥は、真っ直ぐにとある場所を目指して歩いていた。

 曇天の空。お天道様の光も鈍く、小雨が降る中である。人通りもまばらだ。しかし、桃鳥の足取りに迷いはない。

 しばらくすると、見事な門構えの邸宅が見えた。六尺棒を持つ門番が立っている。巨大な立て板に力強い墨書で書かれている。

 北町奉行所、と。

 桃鳥は、門番に自身の身分と名を告げると門をくぐった。正面の表玄関先に出てきた中間に用を告げる。

両頭八郎兵衛夢片ふたがしらはちろうべえゆめかた殿にお取り次ぎ願いたい」

 中間の者が訝しげな表情をする。


 しかし、小典がこのことを桃鳥から教えられたのは、もう少し後になってからであった。

 ある事件の時まで知ることはなかった。



                            了

 

 

 

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鞍家小典之奇天烈事件帖~影、冴ゆる~ 宮国 克行(みやくに かつゆき) @tokinao-asumi

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