第11話 晩餐会の真の姿

 


 ガシャン、ガタンと音がして、隣でごきげんだったアルドがテーブルに突っ伏した。オーギュストは思わず天井を仰ぐ。


 晩餐会が始まってからまだ一時間弱だ。いつもに比べれば、アルドはまったくといっていいほど飲んでいないので、よほど強い酒だった――か、薬を盛られたか、だろう。


 貴族たちがこういった場で、自分の都合のいいように物事を進めるために、武力、薬、女、醜聞と、ありとあらゆる手段を用いて懐柔ないし脅迫してくることは、もはや常識だった。理由やら状況やら色々あるだろうが関係ない。そういう生き物だと認識しておくべき存在だった。

 だからオーギュストは、このアルドの警戒心のなさを見て、蹴り倒してやりたい衝動に駆られた。


 これがただの護衛士だったならまだわかる。宴の最中に薬を盛られたり、命を狙われたりした経験はほぼないだろうから。

 だが、アルドは別だ。仮にも四武人と呼ばれるアルドが、こういった宴に参加したことがないはずがなく、また、薬を盛られるのもまったくの初めてということはないはずだった。


 四武人というものは、通常、戦争の抑止力として王家に庇護されている。アルドもまた、ほんの数年前――三年前までは、隣国、クラハグルト王家の庇護下にいた。ゆえに、歴代の四武人と同様、様々な宴に参加させられていたはずだった。


 ちなみにそのクラハグルトだが、実はここからあまり遠くない。コルポッド領自体がこの国ブルクテールの東南端に位置しており、東から南にかけて複数の国との国境線を持っていたからだ。

 アルドが滞在していたマデューラの町の南にはパーダリャ国、つい先日まで北上していた街道の山を越えた東側にあるのがメズピトン国、そして、迷宮神殿の北東に、四武人アルド・デュロンを抱えていたクラハグルト国がある。


 この内の二国、メズピトンとクラハグルトはかつて、ブルクテールと共に迷宮神殿の攻略に力を入れていた国だ。どちらの国も山脈を挟んではいるが、迷宮神殿と接している国で、しのぎを削り合っていた。



 クラハグルト王家の庇護下にあったはずのアルドが何故、クラハグルトではなく、ブルクテールの辺境で落ちぶれていたのかという点は気になるところだ。アルドが四武人だと思い出すたびに、オーギュストは考えてしまう。

 とはいえ、オーギュストの耳にはその原因と思しき噂がいくつか届いており――巷で噂になっているようなことが事実だとするなら、オーギュストも納得できた。いや、むしろ、どうして今も生きていられるのだろうかと疑問に思うほどだ。それほどの大事件を、アルドが引き起こしたのだと言われていた。



 それはさておき、アルドがこういった領主や貴族たちの宴に出たことがあるのは間違いない。そしてここが、害獣はびこる街道を歩くのと同じくらいは警戒しなければならない場所であるということも。


 だからなおさら、アルドがこんな単純な仕掛けにかかるとは思っていなかった。なんのために連れてきたのだとオーギュストは心の中で嘆いた。



「おや、護衛士殿は眠られてしまったようですな。お部屋にお連れいたしましょう」

「……ええ、お願いします」


 潰れてしまった以上、側に置いておいても仕方ない。オーギュストは頷いた。

 そしてアルドがいなくなると、領主はオーギュストの耳に口を寄せ、囁く。


「して、どの娘がよろしいですかな?」


 予想はしていたが、やはり自分のための踊り子だったらしい。

 オーギュストはただの神官だ。だが、そこにベルトランの名を加われば一気に待遇が変わる。貴族である領主から見ても、決して軽くは扱えない存在へと早変わりするのだ。


 だが、オーギュストとしては、踊り子たちよりも領主の後ろ盾が欲しい。そのために、昼間、握手のために差し出された領主の手にお金を握らせたのだから。

 現状からすると、オーギュストの意図が伝わらなかったか、もしくは遠回しな拒絶か、はたまた様子見か――と三通り考えられ、つまり、領主の意思がどうであるかはまったくわからなかった。ゆえにオーギュストは、隠してはいたが内心もどかしく、そわそわとしていた。


「その……ご配慮はありがたいのですが、私は神官ですので……」


 様子見だとしたら、返答の一つにも気を配る必要がある。だが、正解はわからず、オーギュストはただ無難に答えた。

 神官は、無欲で清貧に努めることこそ美徳とされる。ゆえに、女性を勧められたからといって、では、と受け取るわけにはいかない、という考えに基づくものだ。


「ふふ、存じておりますとも。ですが、ここでは遠慮は無用ですぞ。みな口の固い者ばかり。名のあるベルトラン家の評判に傷をつけることは決してございません」

「いえ、本当に。彼女たちをお願いしたのも、護衛の彼を労いたいと思ったからですので……お手数をおかけしまして申し訳ございません」

「ほう。さすがベルトラン家の婿殿。噂に違わぬ清廉さをお持ちでいらしゃる」


 領主の目が細められ、オーギュストの心を見透かすかのような眼差しが向けられた。

 ここが正念場だとわかった。オーギュストは余裕であると見せつけるように、うっすらと笑みを浮かべる。そして――。


「ウィスキーはお好きで?」


 どのくらいたっただろうか。体感としてはかなり長い沈黙のあと、領主がそう言った。


「ええ。嗜む程度ですが」

「では、娘の代わりといってはなんですが、とっておきの一本を用意させましょう。お付き合い願えますかな?」

「ありがとうございます。ご相伴にあずからせていただきます」


 どうやら交渉の席には着かせてもらえるようだ。オーギュストは安堵が顔に出ないように気をつけながら、そっと詰めていた息を吐いた。



 そして、オーギュストは領主と共に領主の私室へと移動し、夜更けまで長々と密談に興じた。



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