第12話 街道の怪異

 


「くそっ。邪魔しねーって言ってたくせに」


 ポールスを出て二日目。アルドはまだ引きずっていた。それはもちろん、女の子と大人の遊びができなかった件についてだ。


「アルド……。あれは私も予想外だったのです。まさかあのように曲解されるとは」


 領主の館に泊まった日。アルドが目を覚ましたときはもう、すっかり夜は明けていた。

 アルドは隣りのベッドで寝ていたオーギュストを叩き起こし、どういうことかと詰め寄った。するとオーギュストは、領主が夜のお相手としての女性、という意味には取っていなかったらしいことを明かした。


 宴に呼ばれる踊り子は二種類ある。宴の賑やかしとして呼ばれる踊り子たちと、接待のための踊り子たちだ。

 前者は宴を楽しませることが仕事で、あの夜のように、見世物として純粋に楽しめる舞を披露する。それ以外はやってもお酌や話相手止まりだ。


 だが当然のことながら、アルドが求めていたのはそんな健全なものではなかった。ゆえに、この場合は後者、接待のための踊り子たちが呼ばれるべきだったのだ。彼女たちにとって宴の舞台は自身の売り込み場所でしかなく、メインは夜の仕事だったのだから。


 オーギュストは家令にどのように伝えていただろうか。別段、間違った捉え方をされるような言い方はしていなかったはずだ。むしろ直球過ぎるくらいの言い方だったと思うのだが……。


「信じらんねえ……。わかるだろ、普通。大人なんだし」

「それは――そうなのですが、実は神官が招かれる宴では時々あるのです。その、やはり神官は清廉なイメージが強いですから……」


 まさかの落とし穴だった。そしてそれに関してはアルドも心当たりがあった。神官とは世間一般的にそう見られる存在なのだ。そう見せているだけとも言うが。

 けれど腑に落ちないのはそれだけではなかった。気づいたら朝だったというのがもうおかしい。


「いや、やっぱてめぇ、なんか仕組んだだろ。俺があれしきの酒で潰れるわけねえ」

「何もしてませんよ、私は。きっと、口当たりよりも強いお酒だったのでしょう」


 口当たりがよく、強いお酒をつい飲み過ぎてしまうことはないわけではない。だが、アルドは酒豪といっていいほどの酒好きだ。自分の飲んでいるお酒の強さを読み間違えるはずがなかった。

 そのまま疑いの眼差しを向け続けていると、オーギュストが疲れた様子で息を吐いた。


「はあ。もう私のせいでもなんでもいいので、とにかく機嫌を直してください、アルド。街道で油断してはいけないんでしょう?」


 とはいえ、この先にはもう女を買えるような場所はない。村娘を唆すという手はあるものの、その村娘もベースキャンプに近づけば近づくほど少なく逞しくなっていく。手など出せようはずもなかった。

 アルドの不機嫌はそれからまだしばらく続いた。





 そんなやり取りは何度も繰り返されたものの旅自体は順調で、このまま進めば明後日には当初予定していたルート――マデューラからまっすぐ北に進んだ場合のルートとの合流地点に着くというところまできていた。そこを過ぎればもうベースキャンプは目と鼻の先だ。

 そしてベースキャンプが近くなってきた証であるかのように、周囲の森は深まっていた。一定の人通りはあるため道は残っているものの、伸び放題の木々の枝は空の半分を覆い隠していた。


「明後日の昼過ぎにはベースキャンプに着けるのですよね。今夜は宿ですか? それとも野え――」

「しっ」


 アルドの耳が捉えたのはざわざわとした気配。音量としては些細なものだが、この深い森の中ではやや不自然だった。アルドは警戒を強めると共に訝しむ。


「別のパーティがいるのか?」


 だとすれば何もおかしくない。だが、アルドはどうにも気になった。オーギュストにしゃべらないよう指示してから、慎重に足を進める。そして――。


「なんだ、あれ」


 曲がった街道の先、道がほぼ直線になったところで、それは見えた。


 数十メートルほど先。そこに、木をよじ登ろうとしている男や口元をバンダナで覆って隠している怪しい男たちがいた。よく見れば、いや、よく見るまでもなく、街道の左右の茂みも揺れており、そこそこの人数がいるとわかる。そんな彼らはどう見ても準備中の――。


「ええと、盗賊、でしょうか……」


 こういった事態に慣れていないだろうオーギュストですら困惑気味だ。それほどまでに、ツッコみどころが満載だった。

 だが、本来問題にすべきはそこではない。アルドは迷宮神殿付近で盗賊が出る、という話は聞いたことがなかった。害獣が多いこの地区でわざわざその身を危険に晒してまで盗賊業に勤しむ馬鹿はいない――はずだった。


「はあ……。こんなところで、か」


 そもそも迷宮神殿に向かうような人物は、一攫千金を狙ってる貧乏人か、浪漫を追い求める探検家か、はたまた腕自慢の護衛士くらいでほとんどお金を持っていない。

 でもって、彼らは儲けが出れば、花街サビアで遊びつくす。ゆえに、サビアを通らないこの道を利用する者はほとんどいなかった。

 つまりここは、狙ったところで大した収入にはならないとわかりきっている場所なのだ。


「見張りもいないようですね。こんな姿を見られては言い逃れできませんでしょうに」

「だから言ったんだ、なにあれってな」


 役割分担できていない点からも、結成してまだ日が浅いだろうことが想像ついた。相手の目的がなんであるにせよ、ここを通るには排除するよりほかない。

 幸い、盗賊たちはアルドたちに気づいていなかった。仕掛けるなら今がチャンスだ。


「まあいいか。ちゃちゃっと片づけよう」

「あまりひどいことは――」

「わかったわかった。ひどくはしねーよ」


 アルドはオーギュストに警戒しながら待つように指示し、一人敵陣に向かって駆け出した。



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