第13話 「ひどいこと」の定義
薄暗い森の中。周囲には鼻につくような血の臭いが立ち込めていた。
中央に立ち尽くすのはオーギュスト。その横でアルドは手早く剣の血を拭った。
「おい」
剣をしまったアルドは目を見開いて固まっているオーギュストを呼ぶ。オーギュストはギギギッと音がしそうなほどのぎこちなさで、アルドへと顔を向けた。
「な、なぜ……」
「なんで皆殺しにしたかって?」
「そ、そうです。ひどいことはしないと、言ったはずです」
「ああ。だからいたずらに苦しませねーように逝かせてやったんじゃねーか」
アルドたちの周りには七つの死体があった。いずれも一太刀とは言わないまでも、傷は少なく、急所を突かれて即死していた。苦しまなかったことは確かだろう。
そんな盗賊たちはみな、バンダナで顔を覆い隠していた。アルドは会話しながらも死体に近づき、屈んでその顔を暴き始める。
「てか、こういうときだけいい人ぶってんじゃねーよ」
神官だから慈悲深い、などというのは幻想だ。オーギュストもそれっぽく振る舞っているが、これだけの時間を共有していれば――いや、単にアルドがオーギュストの天敵のようなものだからかもしれないが――それが演技であることはすぐにわかった。
もし本当にオーギュストが慈悲深く、清廉潔白、公明正大な神官様だったなら、依頼のときもアルドが嫌がっているとわかった時点で引いただろう。三日も追い回し、借金やファブリスへの恩を盾に取るようなことをするはずがなかった。
「苦しませないようにって……そういう話ではないことくらいわかるでしょう? 殺してしまっては、自らの罪を償うこともできません。あなたはこの方々全員の未来を潰したのですよ。わかってますか?」
「あのなぁ。相手は複数、俺たちは二人。殺すなってのは状況を見て言いやがれ」
「ですが、あなたの腕なら殺さずともなんとかできたでしょう?」
アルドは無視を決め込み、確認作業を続ける。
盗賊たちの顔はいずれも見覚えのないものだった。比較的、装備が新しく、揃いのものを使っている点は気になるものの、他に特徴という特徴はない。これだけでは始めに推測した通り、結成したての盗賊だったと判断するよりほかなかった。
もしかしたら特定の誰か――四武人であるアルドを狙ったのではないかと考えが頭をよぎったが、すぐに首を振った。
マデューラには長く滞在していたため、気づかれ始めた可能性はある。だがマデューラ・ベースキャンプ間の街道ならまだしも、こちらの街道を通ることはアルド自身、想定外のことであり、誰も予想できなかっただろう。まさか、一泊しただけのポールスで四武人であることが知られるはずもないので、アルドはその可能性を否定した。
そして一通りの確認を終え、立ち上がる。
「アル――」
「確かに手加減しても死にゃしなかっただろうな。だが、怪我は? 複数を相手にして無傷でいられたと思うか? んで俺が怪我をしたとして、あんた責任とれんの? 命があればいいだろうって? どうみても悪人のこいつらを殺さないようにしたがために怪我をして、それがたとえば、手足を失うようなものだったら? そしたら俺は今後、食い扶持が得られなくなる。それはつまり俺に死ねって言ってんのと同じことだ。あんたはそれをわかって言ってんの?」
アルドは畳み掛けるように言葉をオーギュストにぶつけた。大人げないと言われようが構わない。今は自分の苛立ちをなんとかすることの方が重要だった。
正直、アルドは今の精神状態が最悪であることに気づいていた。今日の戦い方も、オーギュストへの暴言も、八つ当たりかもしれない。
マデューラに四武人がいるかもしれないという噂を聞いて、自分がそうだと知られたくないがために引き受けた依頼だったがアルドは後悔していた。これまで避け続け、けれども遠くに離れることもできなかった迷宮神殿。そこに向かっているという現実はアルドの心を日に日に追い詰めていた。
迷宮神殿。そこにはアルドの忘れたい過去が眠っていた。
「……怪我をするとは限らないでしょう。むしろしない可能性の方が高い」
「けど、絶対じゃない。そのリスクを俺に負えと? 戦わないお前が?」
ピクリとオーギュストの眉が動いた。だが反論はない。ただ無言のまま睨み合う。
「……日が暮れる。行くぞ」
先に視線を外したのはアルドだった。アルドは構わず歩き出す――が、数歩も行かないうちに再び足を止めた。
「今度はなんです――」
「しっ」
音――ではない。
何か、気配を感じた。
アルドはまだ盗賊の残党がいたかと気を引き締めて気配を探る。だが――。
サワサワサワサワ
風が吹き抜ける。
すると先ほど感じたはずの気配はすでになく、そこにはただ変わらぬ森だけが広がっていた。
アルドはそっと息を吐き、再び歩き出す。
「何の説明もなしですか」
オーギュストの不満げな声が上がった。アルドは小さくため息をつく。
「気のせいだった。以上」
「本当に説明しないのですね……」
あれだけの言い合いをして、どうして説明をしてくれると思えるのだろうか、とアルドは呆れた。とはいえ、以前のままの関係だったとしても、大した説明はできなかっただろうが。
アルドはもう一度だけ気配がした方向を見て思案する。もし、先ほどの気配の主が人間であったなら――それはかなり優秀な隠密だろう、と。
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