罠は幾重にも張り巡らせるもの

第14話 なんとなく腹立たしい大歓迎

 


 アルドは自分でもわからないもやもや感に苛まれていた。

 先日のことは自分も悪かったかもしれないと思いつつも、オーギュストの言い分を認める気にはならない。


 旅の最終日。

 アルドたちは先日の言い合いから関係を修復するきっかけを得ることなくこの日を迎えてしまっていた。


 ――なんで皆殺しにした?

 そんなことは自分にだってわからない。


 実際、あのとき、オーギュストが言ったように、アルドなら手加減できただろう。あの状況でアルドが大怪我をする確率はかなり低く、アルド自身、生け捕りにすることが思い浮かぶくらい技量に差はあった。

 それでもアルドは殺すことを選択した。もしも生かしておくことで何かあったら――。


 アルドの心にあったのは潜在的な恐怖。だがアルドはそれに気づいていなかった。だから余計に、自分の心がわからず、苛々とする。

 さらに、その合間にちらちらと過去の光景が過ぎり、より一層、心を重くしていた。


「くそっ、もう済んだことだってのに」


 アルドは小声で吐き捨てた。


「……なにかおっしゃいましたか?」

「なんでもねえよ。――ああ、見えてきたぜ。あれがベースキャンプだ」


 アルドが道の先を指し示す。木々の間からは黄土色の重厚な城壁が見えていた。




 ベースキャンプを囲う城壁には馬車一台が余裕で通れるサイズの門があり、出入りを管理する兵士が二人立っていた。彼らはアルドたちが近づくと、にこやかに声をかけてくる。


「ようこそゲドヴィックへ。まずは身分証をご提示ください」

「害獣が多くて大変でしたでしょう。探検家の方ですか?」


 それぞれ身分証を取り出して渡した。オーギュストが笑みを返しながら答える。


「いえ、私はヴィーシア教の神官をしております。害獣には何度も遭遇しましたが、彼が優秀な護衛士でしたのでなんとか」

「いや、俺は賭博師――」


 アルドは訂正しようと口を開くが、兵士たちの意識は完全にオーギュストに向いている。アルドそっちのけで話が進んだ。


「なんと、ヴィーシア教の方でしたか! 歓迎いたします。ここは立地が立地ですから、町の形態をとっているとはいえ、神殿に神官はいらっしゃらなくて。よろしければ町の者の話を聞いてやってください」

「おいっ、俺は」

「もちろんです。私などでよろしければ」

「ああ、事前にいらっしゃるとわかっていれば、神殿の部屋を整えておきましたのに」

「そんな、わざわざそのような気遣いはご無用です。ですが、しばらく滞在することになるかと思いますので、なにかありましたら遠慮なくおっしゃってください」

「なんとお心の広い! ありがとうございます! これは急いで皆に知らせねば!」


 アルドは舌打ちして、口を閉じた。神官の来訪に興奮しきりのこの男は、きっとオーギュストが立ち去るまで落ち着かないだろう。あとで身分詐称などと言われたらこの男のせいだと言ってやろうと、顔をしっかり目に焼きつける。


 とはいえ、この兵士の興奮もわからないわけではない。

 ゲドヴィックは九割九分、戦闘職の人間で作られている町であり、常に危険に身を晒しているためか、信心深い者が多いのだ。その関係で神殿自体は早くに作られたが、危険な町ということで(建前上は、あくまでもベースキャンプであって町ではないからという理由により)神官は派遣されなかった。それゆえの大歓迎だ。


 アルドからすれば、こんな偽善者でもいいのかという感じなのだが――きっといいのだろう。歓迎されているのに、わざわざ余計なことを言う必要はない。


「っと、すみません。初めて訪れた方にはベースキャンプ滞在時の注意点をご案内しておりますが、お聞きになりますか?」

「ぜひ、お願いします」

「承知しました」


 アルドにとっては既知の話なので怠い時間だ。門の壁に寄り掛かり、ぼんやりとしながら時間を潰す。兵士は淡々とした調子で話し始めた。


「まず、町の中であっても常に武器を携帯するようにしてください。城壁で囲ってあるとはいえ、ここは前線基地のようなもの。害獣が多く存在する地域であることをお忘れになりませんようお願いいたします。基本的に害獣が群で町に向かってきた場合、警報の鐘が鳴らされます。警報には五段階あり――……。

 そして、戦闘員たちは門前の外広場で戦います。ですが、その際、戦闘員の出入りや人数不足などにより門を突破されてしまう場合があります。酒場や武器屋が密集している北の区域は隔離区域となりますので、非戦闘員の方は速やかに宿泊街――町の南側ですね、そちらへとお戻りください。また、宿泊街にはシェルターが用意されており――」


 当然といえば当然だが、兵士も慣れたものでよどみなく説明を進める。

 ベースキャンプに派遣される兵士たちはいわゆる左遷組だと聞いていたのだが、その割にはみな生き生きとしていた。もしかしたら、単純に実力だけが物を言うこの地が彼らには合っていたのかもしれない。アルドも王都は権力闘争が激しいらしいと耳にしていたので、勝手にそう納得した。


「以上となりますが、なにかご不明な点などございますか?」

「いえ、大丈夫です。とてもわかりやすい説明でした」

「それはよかったです。とにかく鐘が鳴ったら速やかに宿に戻る、それだけ覚えておいてくだされば問題ありません」

「わかりました。ご丁寧にありがとうございました」


 無駄なことに思いを巡らせている間に、オーギュストへの説明が終わった。オーギュストは兵士から宿屋を紹介されたらしく、そこに向かうという。


「ヴィーシア神殿からもっとも近い宿だそうです。わかりますか?」

「とりあえず神殿にいきゃいいんだろ」


 兵士が書いた地図を差し出すオーギュストを無視して歩き出す。


 ベースキャンプはあまり整備されていないが、広さの割に建物の数が少ないため、比較的迷いにくい。南区に宿屋街があり、北区に酒場や武器屋などがあるとだけ覚えておけば、ほぼ困ることはなかった。南区と北区の間にも門があるため、気づいたら区画を越えていたということもなく、はじめて訪れた者に親切な造りの町となっている。


 ちなみに城壁の外に出入りできるのは、今通ってきた正門(南門とも呼ぶ)のほかは、北に三つの門があるのみだ。それぞれ左門、中央門、右門と呼ばれ、迷宮神殿の攻略に利用されている。

 その迷宮神殿は、正式名称がコルポッド渓谷ペルヴィエル遺跡群であることからもわかるように、この渓谷一帯に広がる大規模な遺跡群だ。未だ全貌は見えておらず、発見から三十年ほどたった今も、探検家たちが後を絶たない――と言われている。


 そんな迷宮神殿の調査をしようなど、オーギュストも思い切ったことを考える、とアルドは呆れると同時に感心もしていた。無論、呆れる気持ちが大半ではあったが。


「アルド……」

「あ?」

「なんです、その……歩き方は」


 アルドはオーギュストが言いよどんだ理由をなんとなく察する。おそらく、街についてからダラダラと――それこそ親父くさいと言われてもおかしくないようながに股で歩いていたのが、オーギュストの気に障ったのだろう。


「うるせーな。着いたんだから、ちったあ気緩めたっていいだろ」

「……あまり見苦しいのは」


 なおも不満そうなオーギュストを無視して進む。それからまもなくして宿屋は見つかった。




 部屋をとってすぐ、アルドはオーギュストと別れた。オーギュストと口論してから丸二日。ここまでがなんと長く感じられたことか。


「よっしゃ、これでやっとクソ神官と別れられる!」


 清々したとばかりにそう言って、ベッドにダイブする。昨夜は野営だったため寝ておらず、どっと疲れが押し寄せてきた。

 そのままうつらうつらとし――、はっと目を覚ます。


「そうだ、報酬!」


 報酬を受け取ってしまえばあとは完全に自由だ。さすがに今日ベースキャンプを離れるのは体力的にも時刻的にも難しいが、明日の朝一でここを出れば、素人を連れていない分、速く進めるため、ギリギリかもしれないが、隣の村にたどり着ける可能性が高かった。


 そうと決まれば行動あるのみ。ひょいと身軽に体を起こし、最低限の荷物を持ってオーギュストの部屋に向かう。

 が、部屋を出てすぐ、アルドは足を止めた。オーギュストの部屋はこの宿で一番の広さを持つ角部屋だ。アルドの部屋の隣の隣にあるのだが――。

 その部屋の前には溢れんばかりの人が詰めかけていた。かき分けて進んだところで、彼らを無視して入れるような状況ではない。


「あー、あいつらか」


 門のところにいた兵士が、街にヴィーシア教の神官がやってきたと広めたのだろう。アルドがうたた寝していたのは三十分ほどだったが、噂が広まるには十分だったようだ。

 報酬をもらうのは夜でもいいかと早々にあきらめ、外出を決める。念のため、宿の店主に一声かけてから宿を出た。




 三年ぶりのベースキャンプは、以前と変わらない空気を持っていた。

 終末思想が広がり、活気をなくしていく町が多い中、この町だけは活気に満ち溢れている。

 一攫千金を狙う人、名声を求める人など、己の野望を叶えるために集まってきたそれらの人々をはじめ、死に場を求めてやってくる人や自らを裁くために来た人、己が試練と、決死の覚悟でやってくる人など様々だ。

 希望と絶望とが同時に顕在する町。それがゲドヴィックだった。


 アルドとしては、二度と戻ってくるつもりのない場所だった。

 なぜなら、前回のアタックで仲間を失っていたから。ここへ来るとどうしてもそれを思い出してしまう。その仲間が大切だったからなおのこと、アルドはここに戻ってきたくなかったのだ。


「さて、まずはどうすっかな」


 感傷に浸り始めればきりがない。アルドは意図的に意識を切り替える。


 アルドが大好きな、女、酒、博打。

 だが、ここに買える女はいない。力ない女性たちが滞在していられるほど、ここは平和な場所ではなかった。それゆえのサビアだ。女の子と遊びたいのであれば、サビアまで戻らなければならなかった。


 となるとできるのは、酒を飲むか賭け事に興じるか。一応、決闘場などというものもあり、季節の変わり目ごとに大きな大会が開かれていたりもするが、平時は鍛錬場としてしか機能していない。もちろんアルドに鍛錬する気などなく――。


「酒飲みがてら、賭場を開ける店を探すか」


 そして、アルドは酒場の集まっている北区へと足を向けた。


 

 

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