39 来世では戦隊ヒーローに(2)

「悲しそうにするなよ。元気が売りだろ」


 依緒に向かって話しかけると、僕のいる光の中に静々と入ってくる。


「喜べよ、もう少しでお前の願いが叶うんだから」


「そうですか」


 そんな声も出せるのかと思うほどか細い反応。ずっと僕の足元を見ている。


「嬉しくない?」


「じゃあ優斗さんも嬉しそうにしてください。どうしてそんなに怖い顔をしているんですか」


「僕はいつも通りだよ。光の加減で迫力が増しているだけだ」


「適当なこといわないでください」


 適当なことばかり言っている子に言われてしまった。普段と勝手の違う依緒に困りながら、自分の頬肉をもみほぐす。


「優斗さんはどうしてそこまでしてくれるんですか」


「正義の味方だからだよ」


「かっこつけないでください。そんなセリフを言って、次の回から出てこなくなったヒーローだっているんです」


 フラグってやつか……あれ、僕はいま立ててしまったのか?


「それにわたしがなりたいのは助ける役。助けられる役じゃない」


「その夢は次にとっとけ」


 我ながら確証のない無責任な発言だ。でもこれだけは確実に言える。


「僕が絶対に檻の中から出してやる。だから今回はお姫様役で救われてくれ」


「でも……優斗さんになにかあったら……わたし……」


 ますます調子が狂う。

 僕はなにも悪いことしていないのに。だから頼むよ。


「泣くなって」


 どうしたものかと悩んでいると、依緒は僕の制服に顔をうずめてきた。


「わたし見てたんです! きのう優斗さんいっぱいケガして部屋から出てきた! すごく痛そうだった、苦しそうだった!」


 クジャクの空間から逃げてきた直後か。必死だったから、依緒がいたかどうかさえ覚えていない。


「優斗さんに迷惑かけてまでわたし、お願いを叶えてほしいなんて思ってません。こんなことになるなんて思ってなかったんです……だから謝りたくて……ごめんなさい、悪い子でごめんなさい……!」


「悪いことなんてしてないよ」


「わたしのせいです……わたしがあのとき、話しかけちゃったから。見なきゃよかった……会わなきゃよかったんです……!」


「とりあえず落ち着け」


 あやすように頭にぽんぽんと手を置き、肩を持ってゆっくりと引き離す。目の前には涙と鼻水でぐじゃぐじゃになった依緒の顔があった。ひどい顔だ。


「僕はあのブランコで話しかけてくれたことを怒ってないし、嫌いにもならない。なんならこの一週間、なんだかんだで楽しかった」


 気持ちに嘘はない。天真爛漫てんしんらんまんな明るさは自分の人生にとって新鮮だったのだろう、充実した会話をしていたと思う。


「僕は自分がそうしたいと思ったから、ここにいるんだ。僕が選んだんだよ」


「ユート、イオに向かって手を出してぴよ」


 ピヨが肩まで降りてきた。何がしたいのか察しがついたので、僕は人差し指を依緒の顔前に差し出した。


「かわいい顔が台無しぴよ」


 小さな翼が依緒の瞳から流れる涙をなでる。右目、左目と僕が腕を動かして。

 そういえば僕もこうやってピヨに慰めてもらったな。


「ユートにはピヨがついてるぴよ。危ない目には合わせないようにがんばるぴよ」


「ピヨせんせえ……」


「きりがないぴよねえ。おおよぴよぴ」


 とめどなく流れる涙は枯れることを知らない。その水分はどこから来るのだろう。


 泣き顔をうずめていた制服を見下ろすと、微かに濡れた跡が残っている。涙が本物だとしたら、その感情もまた本心だ。幽霊とはこんなにも情緒豊かなのかと、変な部分に関心する。肉体の有無なんて些細なことのように思えてきた。


 依緒のすすり泣く声が落ち着く。涙のせいで僕を見る眼は潤み、反射する電灯の光が水面に映る月のように見えた。


「わたし、もっと早く優斗さんに会いたかった」


「それは檻に閉じ込められる前ってことか」


 こくりとうなずく。


「そうしたらきっと……絶対にわたし、優斗さんのことをす」


「待たせたね」


 穏やかな声に後ろを向くと、軽く手を挙げている国前さんが立っていた。


「引継ぎに時間がかかってね。じゃあ行こうか」


「お願いします」


 視線を戻すと依緒の姿はどこにもなかった。逃げるように消えさるのも今までどおり。まったく最後まで……。


 そうか。考えたら、これが別れのあいさつになるかも知れなかったのか……さよならは言えなかった。代わりに一言をつぶやく。


 来世では戦隊ヒーローになれよ。




「開けるぞ」


 大家は一〇二号室のドアノブに鍵をさした。背後では僕と国前さんが並んで待っている。


「タイミングはユートに任せるぴよ」


 僕は小さく首肯しゅこうする。大家やクジャクは扉が開いた瞬間に駆け込むことを想定しているかもしれない。だから大家、国前さんに続いて、最後に僕が入室。そして国前さんの前で押入れの中を調べる。慌てず、確実に行動しよう。


 部屋に入ったあとの展開は出たとこ勝負だ。あとは作戦が上手くいき、推測通りの流れになることを願うのみ。


 静かに息を吸う。


 鍵の開く音。蝶番ちょうつがいを軋ませながら扉が開いた。部屋はすべてを飲み込みそうなほどに暗い。


 先頭で大家が入り、次に国前さんが足を踏み入れる。バレないように靴を脱がず、畳へ上がった。

 自分の心臓の音が気になる。部屋中に響き渡っているんじゃないか。二人の顔色をうかがおうにも、闇が一切の情報を隠す。


 暗がりの中、大家が電灯からぶら下がった紐を引っ張った。グロースターターの小さな点灯に追従して、円環の蛍光灯が明かりを生む。



 光が常闇を打ち消した瞬間、僕はまたしても考えが浅かったことを思い知る。

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