39 来世では戦隊ヒーローに(1)

 いったん引継ぎをしてくるよ。公園で待っていてくれないか。


 時間がかかりそうだと感じたようで、国前さんは一度交番に戻った。

 僕と大家はベンチに並んで座る。いまここにあるのは冷たい夜と、わずかばかりの照明。地面に伸びる二つの影だけ。


「ぴしょぴしょと張り詰めた空気を感じるぴよ。ちょっとリラックスするぴよ」


 ピヨの気遣いは受け取れない。大家が隣に座っている以上、気を抜くわけにはいかないからだ。


 当人は真っすぐに向こう側を見ている。向こうにはブランコ。壁のような木々を挟んで孔雀荘が建っている。何を思っているのだろう。

 ……いや、何であっても、これ以上裏をかかれないよう気を引き締めなければ。


「前にも並んで座ったな」


 顔は前を向いたまま口を開く大家。


「わしがいつものように不要なチラシを捨てていた時じゃ」


 アパートの敷地で依緒を捜していたときか。もちろん覚えている。ごまかした結果、流れで見学になったんだった。あのときの気まずさを思い出す。

 しかし懐かしむ気持ちはない。あのときの緊張とは中身が違う。話すこともない。


「相変わらず空室と分かっていてチラシが投げ込まれておる。国前も見回りをするなら、配っているやつも取り締まってほしかったわい」


 中身のある話には聞こえない。沈黙を埋めるだけの世間話だろうか。

 ……ああ、そういえばしょうもないメモ書きを投函したことがあったな。僕じゃないけど。


「小学生が書きそうなイタい怪文書とかもあったりしますか?」


「怪文書? さあ、そんなものは覚えとらん」


 留めておくほどの内容でもない。破棄した直後に記憶から抹消したのだろう。



 国前さん遅いな。



 東側の公園出口、横断歩道を挟んですぐ向かいにある交番に目を向ける。なかなか抜けられないのだろうか。


「坊主はずっとあの部屋を気にしていたな」


 黙っているとまた大家が口を開く。

 あの部屋とはもちろん二〇一号室だろう。僕は無言でうなづく。


「気づいているのか、あの部屋のことを」


 変な質問をする。クジャクから昨日の一件を聞いているだろう。僕の正体を知ったうえで探っているのだろうか。なんにしてもごまかす理由はない。


「全部知っています」


「そうか。わしとあいつをどうするつもりだ」


「……罪を償ってほしい、という考えまではありません。とにかく依緒の身体を返してほしい。それだけです」


 憎さがない、とは言わない。


 でもクジャクという超常現象ファントムが関わっている時点で、みんな真実を信じない。認識できない存在を裁くことはできないと理解しているし、罪に関して範疇はんちゅうにないんだ。


 僕は償いを求めて行動しているわけじゃなく、依緒本人のためにここにいる。

 ピヨには悪いが結晶回収のことも今は頭にない。


 僕の願いは依緒の魂が救うことだけ。それ以上は望まない。


「優斗さん」


 声に振り向くと、目の前に依緒が立っていた。今回はストレートに出てきてくれて嬉しいが、いつもの元気はない。


「ちょっとすみません」


 僕はベンチを立って少し離れた電灯の下に立つ。ここならベンチ、公園の出口、交番が一直線に見えて都合がいい。

 大家の姿に気を配りつつ、スリープ状態のスマートフォンを耳に当てた。

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