13 もっとも望まない結論(1)

 しかし、休日の公園ってこんなにも賑わうものだろうか。

 昼食時でみんな家に帰ると思っていたのに、引き続きみんな遊んでいる。当然ベンチも空いておらず、近所のご老人が集まって朗らかに談笑していた。


 家に居る方が楽しいのに……積極的に友達と遊ばない僕は目を細めるだけだ。


 隅っこの芝生に木陰があったので、そこでいいやと胡坐あぐらをかく。園内ののどかな風景を見ながら、ひとりごそごそと紙袋と開けた。

 いちごチョコレートのフレンチクルーラーとチキンペーストパイ。もう一品買っておいても良かったかも。


「そよそよと気持ちいいぴよ。なんかピクニックみたいぴよね」


 自主的にひざまで降りてきたピヨの毛並みが風になびく。


「こうやってご飯食べるのなんていつ振りだろ。中学の修学旅行とかかな」


「ユートの学校はどこに行ったぴよ?」


「……覚えてないなあ。言ってもバスで数時間の距離だった気がする」


 特別楽しかった思い出もないので記憶も薄い。数日間の集団行動は結構つらくて、早く家に帰りたかった。仲の良い友達でもいれば、まったく違った学校行事になるのかもしれないけれど。


 後悔じゃない。でも、ちゃんとした友達付き合いがあれば、いろいろと違ったのかなと思ってしまう。こんな僕は何かが欠けているのだろうか。

 友達って作らなければいけないものなのだろうか。『普通の友達』って『うわべの友達』とどう違うのだろう。つくり方なんて、教えてもらったことがない。


 手に取ったドーナツの中央から向こうの景色をのぞき見る。


「何が見えるぴよ?」


「何も見えないな」


 穴が開いているのは、揚げるときに火を通りやすくためと聞いたことがある。合理的な理由で存在する穴を覗いたところで、欠けている物や探している物は見つからない。ひょっこり出てくるわけもない。


「いおー、いないなら食べちゃうぞー」


「何を食べちゃうんですか?」


「うわっ!」


 突然、木の後ろから依緒が現れた。やはり姿はいつもと変わらない。

 まさかの後ろからひょっこり登場に結構な大声を出してしまった。


「お前どこにいたんだよ」


「この辺です。呼ばれたから来ました」


「えっ、お前くのいち?」


 公園の中は一通り探したはずなのに。しかも真後ろに居たら普通は気がつくもんだよな。そこまで深く考え事をしていたつもりもない。


「人目につかないところで何してたんだよ」


「ぼんやり、うとうとしてました」


「もう昼ですけど」


「でもすることないし、寝るの好きだし。寝る子は育つので無駄じゃありません。発育促進で優斗さんの彼女さんみたいな胸になりたいです。いいえなるでしょう」


「だから彼女じゃないって……」


 張った胸には希望的観測が込められているのだろうか。真っ白いセーラー服を見ていると、ピンと敷かれたベッドシーツを連想してしまう。


「あーっその目は疑っていますね。わたしの第二次性徴は後半からの追い上げが注目されているんですっ」


「どこのニュースソースだよ……それよりほら、これ」


 掴んでしまったもので悪いが、紙袋に戻して差し出す。


「育ちたいんならまずちゃんと食べろ。ドーナツで悪いけどさ」


 本当なら栄養価の高い食べ物がいいと思うが、苦手なものでは食べられない。その点、ドーナツならハズレはないだろうというのも、選んだ理由の一つだ。


「わたしお金持っていませんよ」


「中学生から代金徴収する高校生とかひどすぎるだろ。気にしなくていいから」


 今日も同じ服装の依緒に会ってしまったことで、本当に記憶喪失で野宿している可能性が残ってしまった。そして、数日に渡って僕をからかう理由も利点もない。

 参ったな。もっとも望まない結論が現実になってしまった。


「……優しいですね。ありがとうございます」


 伸ばした手が途中で止まる。


「遠慮するなって。あ、もしかしてドーナツが苦手だったか」


「そんなことありません! 女の子はみんなドーナツが大好きです、ドーナツが嫌いな女の子なんて、羊の皮を被った狼と一緒です!」


「お、おぉ……ん? ちょっと的から外れてないか、それ」


「優斗さんは細かいことを気にし過ぎです。よいしょ、っと」


 有無を言わさず、依緒は僕の左隣に腰掛けた。華奢な肩が触れるほど詰めて。


「ちょ近いな、なんでそんなに寄ってくるんだ」


「別にいいじゃないですか。ふぁ、優斗さん暖かいですね。真冬の湯たんぽみたい」


「もう少し褒め言葉に受け取れるアイテムチョイスはできないもんか」


 くっついてくる顔色に赤みは見られない。具合が悪いってわけでもなさそうだ。


「あらあらぴぴぴ。こんなとこ、見る人が見たら天地がひっくり返るほど激高しそうぴよねえ~」


 いつの間にか頭の上に戻っていたピヨが、含みのある鳴き声で笑っている。誰のことかと辺りに目をやれば、少し離れた場所にいるママさんたちが、こちらをうかがい見てひそひそと話している。


 昼間から外でセーラー服の子とイチャイチャしているわ、最近の子は倫理観がないのね——と言い合っているかは分からないけれど、そんな気がした。


「依緒、住民からあらぬ誤解を受けているから適切な距離をとってくれ。それより、何か思い出したことはないのか?」


「ぜーんぜんですぅ」


 両手をぱーっと開いて明るく答えてくれた。不安の「ふ」の字も存在しない。


「こんな言い方もアレだけどさ……ちょっとは努力してみてくれ」


「どう努力すればいいんです?」


「……調べよう」


 知らないけれど言った手前、スマートフォンを取り出して『記憶喪失 思い出し方』と検索。具体的な治療法や対策は出てこない。やはり特異な症状なのか。

 漫画みたいに何かしらのきっかけで「ううっ頭が……!」ってならないと思い出さないのだろうか。


「優斗さんもスマートフォン持っているんですね」


 僕の胸元にぐいっと顔を寄せて画面を覗き込んでくる。離れろって言ったのに距離を詰めるな。


「どんな機種ですか? 新しいやつですか?」


「一年前のタイプだよ。今どき持ってない奴の方が珍しいだろ。依緒は持ってないのか、スマホ」


「買ってもらいましたよ、中学生になってから。すっごく嬉しかったです!」


 まぶたをキュッっとつぶってにぎった両手をぶんぶんと振る。ハンドベルを持っていたら、けたたましく鳴り響いていただろう。


「楽しくて、暇さえあれば触ってアプリとかダウンロードして、それでいつまで遊んでるのってお母さんに怒られて……」


 興奮が徐々に引っ込み、電池が切れたおもちゃのように動きが止まる。


「家出……しちゃったんでした」

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