第六話「諦めは現実の妥協なのか?」 4

 ガチャリとドアが開いた。

 一瞬、彩花は紗希が入ってくることを期待したが、そこにいたのはミチルだった。

「少し時間がかかりました」

「紗希は……」

「随分と抵抗してくれましたが」

 ミチルの白衣に汚れは見当たらないし、息も切れていない。

 戦力差は圧倒的だったのだろう。

「そう」

 そちらには興味がないのか素っ気なく祈が言う。

「そちらはどうですか?」

「今、説得中」

「やはり、そんな気はしていましたが」

「大丈夫、すぐに終わるから」

「それで実力行使ですか」

 ミチルが呆れたような声で言った。

「仕方ないでしょ、ミチル」

「特にコメントはありません」

 やや突き放すようにミチルが言う。

「安心して彩花、急所は外すから」

 小首を傾げて祈はにこりと笑った。

 一歩一歩、祈は彩花に近づいて、いよいよ手を伸ばせば頬に触れそうな距離まで歩いてきた。

「サミジーナ」

 攻撃を、と祈が言いかけたときだった。

「てやっ!」

 彩花の背後から声がした。

「なっ」

 祈が驚くと同時に、彼女が吹き飛ぶ。

「彩花に、触ってんじゃねえ!」

「紗希!」

 やってきたのは紗希だ。

 紗希が祈を殴り飛ばしたのだ。

 後ろで見ていたミチルが困った顔で言う。

「紗希、まだ生きていたんですか、案外しぶといですね」

「勝手に殺すな!」

「それにしては満身創痍ですね」

 ミチルの言う通り、紗希は全身の服が裂けて、ところどころ皮膚が見えている。服には血が滲んでいる箇所もあった。頬にも傷の線が走っている。息も切らせて呼吸は乱れている。

 祈を殴った右手をぶんぶんと振っていた。

 両足で立っているところからして骨折はしていないようだが、無傷というにはほど遠い。

「お前がやったんだろうがミチル」

 吐き捨てた紗希にミチルは無表情で返す。

「そうでしたそうでした」

「ミチル、どうしてとどめを刺さなかったの」

 倒れていた祈が起き上がる。

「祈、私はあなたの部下ではありません。命令されるいわれはありませんよ」

 ミチルの強い言葉に祈は紗希へと言葉の矛先を変えた。

「なんで、邪魔を」

「なんでって、彩花を助けるためだろうが」

 簡潔に紗希が言う。

「あっ」

 声を漏らして紗希が背筋を反らせる。

「プレイヤーが接触を行いました。ペナルティが与えられます」

 燐が無機質な声で発した。

「がっ」

 よろめいた足をなんとか踏ん張り、身体を戻す。

「それまだあるのかよ……」

 燐の宣言により紗希に電撃が走ったらしい。

 祈が口元を拭いながら紗希に言った。

「彼女に自由意志はないわ。ただゲームのルール通りに行動しているだけ。あとは私の指示に従うだけ。燐、構えて」

 燐は紗希の方を向くだけで、傘は差したままだ。水面を泳ぐようにカエルが空中を移動して燐の前に移動した。

「ああ、わかったよ。レラージュ、いくぞ」

 紗希がレラージュを呼び出す。

 レラージュも紗希と同じく満身創痍のようで、緑の服は破れ、背中の矢は心許ない数になっていて、弓もそこかしこに傷が入っている。

「紗希、諦めた方がいいですよ。これは忠告というよりも、助言に近いのですが」

 ミチルが溜息をついて、手を前に出す。フォカロルを召喚する構えだ。

「諦めて、どうするんだよ」

 紗希が気丈に振る舞い、言葉を絞り出す。

 ミチルは手を伸ばしたまま、指を立てた。

「そうですね、みんなでアップロードしてしまうというのも手だと思います」

 ミチルが提案をした。

「案外快適かもしれませんよ」

「そうね、彩花さえよければ、仕方ないからあなたも仲間に加えてあげてもいい」

 それに祈も同調する。

 二人の言葉を聞いて、紗希は、はっと息を漏らした。

「そんな選択肢はない。そんな選択を僕はしない。これでもあの世界を結構気に入っているんだ、僕は彩花を連れて、ついでにかなたとこなたも連れて、リアルに帰らせてもらうよ」

「あなたならそう言うと思いました」

「わかっているなら聞くな」

 そう言って、紗希が笑った。

 つられてミチルも笑顔になっている。

「なんでも一応確認したくなる性分なのです」

「なんだったらミチルも連れて帰ってもいい」

 ミチルが首を振る。

「それには及びません」

「そうか、残念だ。レラージュ、雨霰!」

 レラージュが天井に向かって矢を放った。

 天井から幾本もの矢が降り注ぐ。しかし、本来の技よりも矢の数は何分の一かになってしまっている。

 それを避けるため、彩花の前から祈が離れる。祈のサミジーナはその剣で矢をたたき落とした。

 燐は日傘を広げ、空から来るすべての矢を防いでいた。傘は防御にもなるらしい。

「やっぱりここは全体攻撃が最適だな」

「あなたにしては、頭が回りますね」

「まあな」

 グリモアはグリモアにしか攻撃ができないが、グリモアの攻撃は人間にも当たるようになっている。ならば、全方位に向かう攻撃をした方が牽制になるのだ。

「さあ、ミチル、続きをしようか」

「なにを言っているのですか? あなたの相手はあちらですよ」

 ミチルが首を傾げて、紗希が祈と燐に向く。

 祈はサミジーナをいつでも動かせるように構えていて隙を見せようとはしない。傘を差してカエルを頭に乗せる燐はそもそもどう動くのかわからない。

「彩花、それ使えるのか?」

 彩花のそばに立っているゼパールを指した。

「ゼパール、動け。……う、ううん、動かないみたい」

 彩花の命令に、ゼパールは反応しなかった。

「ダメか」

「それはアップロード用に燐が召喚しただけ。指輪がなければグリモアに命令はできない」

 祈が彩花の代わりに説明する。

「絶体絶命ってやつか」

 ミチルを除いたとしても、紗希の相手をするのは祈と、それに追随している燐の二人だ。二対一、それも紗希の側はグリモアとともに満身創痍。

「紗希、繰り返しますが、ここでの負けは、精神の死を意味します。彼女たちは、私のように手加減してくれませんよ」

「やっぱりさっきは手加減していたんだな」

「ああ、ええ、そうですね。私もできることなら殺生は好みませんから。ですから、私はあなたに投降をお勧めしています」

「そんなことわかっている、よ!」

 ミチルの言葉に紗希は反抗した。

「というかミチル、お前は知らん顔かよ」

「観戦しています」

 ミチルは壁に背をつけ、腕を組んで全体を見回すような位置取りをしていた。この場で一人だけ呑気にしている。

「良いご身分だこと」

「ええ、良いご身分なんですよ」

 ミチルがオウム返しをする。

「それじゃ、やってみるか」

「サミジーナ、雨霰」

 先に動いたのは祈だった。

 剣を弓に変えたサミジーナが、レラージュと同じように天井から矢を降らせる。

 脇へ走ってその雨から紗希がなんとか逃げ切る。

「いきなりそれかよ……」

「私は、容赦しないわ」

「こうなったら彩花を盾にするしかないな……」

 紗希が不穏なことを言って、彩花の背後に回る。

「ちょっと、なにを言ってるの」

「いや、一条は彩花には残ってほしいんだろ。だから、彩花を盾にすれば無茶な攻撃はしないだろ」

「そんなむちゃくちゃな」

「……聞こえているわ」

 祈が口の片端を上げて言った。

「大丈夫、ある程度の傷なら、燐が治せるから」

「そりゃまた都合の良いこと」

 紗希が軽い口調で言った。

「彩花、逃げられるか?」

「また紗希を置いてなんて」

「燐、バエルを!」

 カエルが平泳ぎをしながら燐の周りを旋回している。

「もう遅いわ。彩花にも少しだけ痛い目に遭ってもらう。あなたには容赦しないけれど」

 嘲るように、祈が言った。

「燐!」

 祈の言葉に合わせて、燐が姿を消す。

 次の瞬間には、燐は紗希の前にいた。

「くっ」

 紗希の身体がくの字に曲がる。

 燐が持っていた日傘が、紗希を貫いていた。

「ちっ」

 紗希が吐き捨てる。

「ここまで、か」

 前のめりに倒れ、膝をつく。

「紗希!」

 紗希は顔を下げ床を見ている。

「彩花、なあ、僕たち、結構良い友達だっただろ?」

「紗希! そんなこと、今言わないで! 待って!」

「彩花、泣きそうな顔をしないで……。……じゃあ」

 紗希は顔を上げず、右手で彩花の頬を撫でた。

「裁定者、今ここで僕の願いを叶えてもらう。僕の――」

 後半の紗希の言葉は彩花にも聞こえなかった。

「承認されました」

 どうやって聞き取ったのか、燐がそれに答えた。

「よかった」

 その右手から、砂の塊が崩れるように、紗希の身体がさらさらと消えていく。

「それじゃ」

 紗希が彩花に残りを託して霧散した。

「これで邪魔者は消えた」

「紗希……」

「あの子はもう助からない。燐が直々に抹消したもの。この世界にも、あの世界にも、もうどこにもいない」

 祈が言った。

 彩花が両手を強く握りしめたとき、左手に違和感があった。右手でそれが何なのか確かめる。

「彩花、もう観念してくれた?」

 祈がまた距離を詰めようとする。

 違和感の正体がわかったとき、彩花に微かな力が湧いてくるのを感じた。

「そう、か」

 彩花は唇で自分の左手の薬指に触れる。

「これが、紗希の願いごと」

 手の甲を祈と燐の二人に見せるように顔の横に掲げる。

 そこには確かに、一つの指輪が嵌められていた。

「紗希、もちろん最高の友達だったよ!」

「なっ」

「グリモワール! 我は汝に命ず、神の名に従い、神の意志をなす我が命に従い、万物の主の威光にかけて、鏡の中に現れよ!」

 高らかに彩花が宣言する。

 足元にサークルが現れた。

「レラージュ!」

 嵌められていたのは紗希の指輪だった。

 彼女が倒れる直前、彩花に渡していたのだ。

 紗希の願いは、レラージュを彩花に継承させることだ。

「ありがとう紗希、いける」

 指輪が光り、そこから紗希のレラージュが現れる。

「ごめんね、もう少しだけお願い」

 レラージュは紗希が消えたときのまま。

 一瞬たじろいだ祈だが、すぐに表情を戻す。

「それだけで、なにができるというの?」

「それだけじゃ、ない」

「なにを言って……」

「私の願いごと、それを今ここで叶えてもらう!」

「彩花?」

 右手の甲を祈に見せる。

「みんなの力を、私に集めて!」

「承認されました」

 彩花の言葉に反応したのは燐だ。

 燐は抑揚のない声で、彩花の願いごとを承認した。

「燐! やめなさい!」

 祈が止めようとするが、すでに彩花の右手、人差し指と中指に二つの指輪が嵌められていた。

「グリモワール!」

 彩花が右手を挙げて宣言する。

「ムルムル!」

 こなたのムルムル。

 ラッパを鳴らしながら、骸骨が現れる。

「フルフル!」

 かなたのフルフル。

 炎の尾を持つ鹿が空間に現れ吠えた。

「ふん、たった三体で私たちに勝とうなんて……」

「ちょっと待ってください」

「ミチル、邪魔をしないで」

 ミチルがこくんと頷いた。

「わかっています。もしあなたが諦めないというのなら」

 ミチルが自らの指輪を外し、彩花へ下手(したて)で投げる。それを彩花が右手でキャッチした。

「何をしているの! ミチル!」

 その光景を見た祈が叫んだ。

「燐、私のクラスをAに変更して、彩花にグリモアを転送しなさい」

「承認されました」

「私の担当はクラス管理、それを忘れたのですか?」

「なんてことを」

「私のアップロードはすでに完了しました」

 溜息を漏らして、ミチルが言う。

「それに、わからない、ということはとても面白いものです」

「ありがと」

「いいえ、どういたしまして」

 彩花がミチルの指輪を小指に嵌める。

「フォカロル!」

 双翼の犬が現れ、これで彩花のグリモアは四体になった。

「私は、諦めない。諦めないんだ」

「そう、どうしても、邪魔をするのね」

 彩花の決意に、祈は苛立ちを露わにする。

「あなたと私は同じだと思ったのに、もう無理」

 肩を震わせて祈が彩花に言う。

「あなたもこの世界から消えて!」

 祈が叫んだ。

「レラージュ、魔弾を」

 レラージュが弓を構え、矢を放つ。

「サミジーナ、魔弾!」

 祈も応戦する。

 レラージュの魔弾をサミジーナのそれが撃ち落とす。

 しかし、レラージュの矢の方が一本多く、残った矢は祈のサミジーナの間近を逸れて飛んでいった。レラージュも負傷をしたままで性能が落ちているのか、魔弾の追尾補正はほとんどないみたいだった。

「負けない!」

「サミジーナ、弓を放ちなさい」

「ムルムル、お願い、死霊を」

 ムルムルが、シャリンと杖を鳴らす。

 死霊が十体ほど現れ、サミジーナの矢を壁となって防ぐ。直撃を受けた数体が霧となって消えていった。

「燐!」

 祈が燐に命令をする。

「バエル、空雷」

 カエルが燐のそばから姿を消し、死霊の上の天井に張り付いていた。

 いくつもの爆弾が空から降り注ぎ、死霊を爆破していく。

 爆弾と一緒にカエルも落下して、ムルムルの上で大きく口を開いた。

「ムルムルをデリートします」

 バエルはその大きな口で、ムルムルを飲み込んだ。

 ムルムルの姿が消え、彩花の右人差し指の指輪が弾け飛んで消える。

「そんな」

 裁定者としての能力を燐が発揮しているのだ。

「まだ」

「サミジーナ、津波」

「フォカロル、津波!」

 目の前に起こった水塊を同じ水塊が打ち消す。

「くっ」

 ぶつかって溢れた水が祈と燐を襲う。

「フルフル、雷矢をサミジーナに!」

 槍のように伸びた金色の矢がサミジーナに突き刺さり、光が弾けて祈にも飛び火する。怯んだ祈が後ろに下がる。

「祈、もうやめようよ」

「嫌、絶対に、嫌! もう私は後には退けない!」

 彩花の言葉を祈が拒否する。

「フォカロルを攻撃しなさい燐」

「バエル、引き寄せ」

 舌を伸ばしたカエルが、動いていなかったフォカロルを絡め取り自分のところへ引き寄せる。

「フォカロルをデリートします」

 バクンとバエルがフォカロルを飲み込む。

「燐もお願い、やめて!」

「燐には届かない」

「私はみんなと帰りたいだけなの、燐、お願い」

「燐を止める方法はないし、燐を倒す以外に彩花が戻る方法はないわ」

「燐……」

「フルフルを消しなさい」

 燐が指示棒のようにフルフルを指し、バエルに命令しようとする。

「お願い燐! 燐、あなたの意思を思い出して!」

 その言葉で燐の動きが一瞬止まった。

「燐! なにをしているの! 私の指示に従いなさい!」

「……フルフルをデリートします」

「フルフル避けて!」

 大きく口を開けて飲み込もうとしているカエルをフルフルはなんとか避けるが、右半身すべてを持って行かれる。

「フルフル」

「サミジーナ、雷矢を」

 サミジーナから放たれた長い雷の槍が、残ったフルフルの半身を貫いて霧散させた。

 彩花に残されたのはレラージュだけになった。

「まだ続ける気、彩花?」

 祈は余裕の表情だった。

「レラージュ、必中!」

「サミジーナ、魔弾」

 レラージュが弓を構えるが、溜めの時間差でサミジーナの魔弾が先にレラージュを打ち抜く。レラージュの矢はサミジーナに擦るだけだった。

 祈が一歩近づく。

「サミジーナ、分解!」

 サミジーナの剣がムチに変わり、少し距離を取っていたレラージュと彩花をまとめて打ち据える。

 レラージュは弓で防御をしようとしたが、ムチの力に負けて身体が弾き飛んで壁に当たった。彩花もその場に倒れてしまう。

「もう終わりね、彩花」

 左肩を打った彩花が、右手で押さえる。

「サミジーナ、彩花とレラージュを射貫きなさい」

 ムチから弓に変えたサミジーナが構える。レラージュが彩花を守るように正面に立っているので、三者の位置が直線になる。

「さよなら彩花」

 祈が残念そうに彩花に向かって言った。

「終わるわけにはいかない」

「いまさらなにを」

 彩花が膝に手をついて立ち上がる。

「サミジーナ、必中、打ちなさい!」

 サミジーナが矢を引いた。

「レラージュ、『折って』」

「なにを」

 彩花の命令の通り、レラージュは自らの弓を二つに折った。

「そのまま、サミジーナを刺して!」

 サミジーナが矢を放つと同時に、彩花が走り出す。レラージュもそれに合わせてついてきた。防御をしないまま、サミジーナの矢がレラージュの左胸を貫く。それでもレラージュの勢いは止まらない。レラージュの身体がサミジーナにぶつかり、弓を突き立てた。

 レラージュを貫いた矢は勢いを失うことなく彩花へと向かう。

「つっ」

 左肩に矢が突き刺さるが、走る足を止めない。

 レラージュの横にさしかかったところで、彩花が命令する。

「レラージュ、パス」

 折れた弓の半分を受け取った彩花は、なおも走り続け、咄嗟のことで身動きが取れない祈の胸にその破片を突き立てる。

「なっ」

 そして、祈を後ろへと押し飛ばした。

「紗希、レラージュ、ありがとう」

 カウンターで攻撃を受けたレラージュが砂となって消えていく。

 彩花は左手を強く握る。そこに指輪はもうなかった。

 祈が倒れていく。

「終わった」

 全身の力が抜けていくのを彩花は感じて、膝から崩れ落ちそうになるが懸命にこらえその場に立ち止まる。

「ま、まだ」

 祈が顔を上げた。

「え?」

 しまった、と彩花は思うがもう遅い。

 床に倒れていた祈が、右手を挙げた。

「必中」

 サミジーナの構えた矢が、彩花めがけて真っ直ぐに向かってきた。

 彩花は思わず目を閉じてしまった。

 しかし、矢は届かなかった。

「あれ?」

 影が彩花を覆っていた。

 目の前にいたのは燐だ。

 燐が日傘を広げ、矢を防いでいた。

「燐、なにを」

 祈に問われた燐は何も答えない。

「なんで! なんでなんでなんで!」

 祈が叫ぶ。

「勝負はついたの、祈。祈の負け」

 燐が静かな声で祈に語りかける。

「どう、して」

 彩花も燐の背中に問いかける。

「あなたは勝負に勝った。それだけ」

 燐が答える。

「サミジーナ、魔弾! 雷鳴! 津波!」

 次々と技を繰り出すが、ドームのようにすべてを燐の開いた日傘が受け流す。

「なんで! 私の、邪魔なんか!」

 それでも祈の攻撃は通らない。

「燐! 戻りなさい!」

 無言の燐は祈の指示に従わない。

 それを見て祈が激昂する。

「燐も! 彩花も! みんな消えちゃえばいいのに!」

 祈が床を叩いて立ち上がり、直接向かってくる。

「ごめんね、祈」

 一瞬で燐は日傘を畳み、その柄で祈を弾き飛ばした。燐の少女とは思えない力で飛ばされた祈は背中を壁に打ち付ける。

「少しでも、仲良くなれてよかった」

 動かない祈に向かって、燐が言った。

「私は、許されたい。バエル、空雷」

 瞬間移動したバエルが祈の真上に現れ、祈とサミジーナに爆弾を降り注ぐ。

「でも、誰かを犠牲にするのはもうこりごりなの」

 サミジーナは祈のそばに立っているが、すでに剣が折れ、甲冑はところどころ砕けている。

「バエル」

 燐がカエルに指示を出す。

「サミジーナを、デリートして」

「ゲコ」

 命令を受けたバエルがススッと祈のサミジーナに近づく。

「ゲコリ」

 バエルが大きな口を開けて、その口でサミジーナを丸呑みしてしまった。

「どうして、燐、どうして」

 祈が顔を上げて燐を見る。

 小さな身体の燐は倒れている祈を憐れんだ顔で見下ろした。

「ごめんね」

 日傘の持ち手を変えて、内向きに構える。

「私、みんなに謝らなくちゃ。それに、私も、もう眠りたいの」

「燐!」

 その行為を察した彩花が叫ぶが、すでに遅かった。

 燐が振り返り、彩花を見た。

「さよなら」

 燐の日傘は、燐自身を貫いていた。

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