第五話「祈りは現実の否定なのか?」 6

「こなたをよろしく」

 意識を失っているこなたをニーナに任せる。

「ええ。先に行く気なら、どうぞ。私は止めません。というか、止める術を知りません。ここから先には私は行けないのですから」

 ニーナが言った。

「行けない?」

「私では、そのドアは開けられない」

 鍵を持っているはずのニーナが意味不明なことを言った。

「どうして?」

「いいえ、なんでもありません。そのドアはあなたのためだけのドアです。鍵はあなたのために開いています」

 相変わらず不明瞭な言い回しだったが、彩花は先を急ぐことにした。

「そう」

 彩花が歩き出し、ドアに向かう。

 ドアノブを回し、開けようとしたところで、再び背後からニーナが声をかける。

「もし、あなたが夢から醒めることを望むなら」

 彩花の手が止まる。

「きちんと、決断をしてください」

「なに、を?」

「行けばわかります。そして、できることなら、『彼女』を救ってください。私には、それができなかった」

 こなたとニーナを置いて、彩花はドアを抜ける。

 その先には小部屋があった。

 ドアが閉まる前に振り返ると、すでにこなたとニーナは姿を消していた。

 一方、小部屋には、見覚えのある少女がいた。

 そこでぼうっと立っている少女に声をかける。

「紗希」

 天井を見上げていた紗希が彩花に気づく。

「あれ、彩花?」

「紗希、どうして?」

「どうしてって、彩花を追いかけてきたんだよ、当たり前でしょ、人が止めるのも聞かないで勝手に来たのは誰なんだか」

「どうやって?」

「いや、だから、病院に来て、あちこち歩いてこなたと彩花を探して、あれ、どうしたんだっけ。気が付いたらここにいたんだ」

 ふわふわとした曖昧な口調で、紗希が言った。

 その口ぶりが変だと彩花は思ったが、今は気にしていられない。

「それに、なんだか頭が痛い」

 とんとんと紗希がこめかみを叩く。

「あ、私もだ」

 ちょうどこの部屋に入ってきたときから、彩花には軽い頭痛と目眩があった。

「なんだろうな、あのときみたいだ」

 山での頭痛のことだろう。確かに彩花にもあのときのような感覚があった。

「紗希、一緒に、行こう」

「行くっていっても。どこに」

「そこ」

 彩花が指さす。

 彩花が入ってきたドアの反対側に、同じようなドアがあった。それを見て不思議そうな顔を紗希がする。

「あれ、おかしいな。さっきはドアなんて」

 紗希が何度も首を傾げる。

「寝ぼけているの? それならどうやって入ってきたの?」

「いや、そういうわけじゃないけど、いや、どうやってだろう。それこそ、彩花はどうやってここに来たの?」

「え、ドアを開けてだよ」

 今入ってきたドアを指そうとする。

「あれ?」

 今度は彩花が声を上げた。

「何にもないじゃないか」

 ドアは完全に消えていて、そこには周りと同じ壁があるだけだった。

「ということは、あっちから来たのかな?」

 今残っているドアを指す。

「じゃあ、出口じゃないか」

「……うん、そうなんだけど」

「うーん、なんだろう、この変な違和感は」

 後頭部を掻いて、紗希が言った。

 彩花にもこの空間の気持ち悪さが伝わってくる。

「まあ、いいか、とりあえずあるドアを進むしかないみたいだし」

「うん、かなたを助けないと」

「この先にかなたがいるの?」

「うん、そう言っていた」

「誰が?」

「えっと、ニーナって人。あの、金髪のほら、かなたを連れていった人」

「ああ、あの人か。KLSの人だろ、なんで教えてくれたんだ? というか、連れていった張本人のはずだけど」

「……そういえば、そう」

 KLSの都合で連れていったのなら、わざわざ教える必要はない。

「自分には止められないからって言っていた。それにこのドアは私にしか開けられないって」

「うーん、謎が多い」

「……そうだね」

「だけど、まあ、じゃあ、行くしかないのか」

 二人はドアに向かって歩き出して、部屋を出ようとした。

「よっと」

 紗希がドアを開けようとする。

「あれ、鍵がかかっているみたいだ」

 紗希はガチャガチャとノブを回している。

「そうなの?」

 紗希の後ろにいた彩花が、確認のためドアノブに手を掛ける。

「開くよ」

 力を入れることなくドアが開いた。

「あれ、さっきはあんなに固かったのに。彩花の馬鹿力かな?」

 紗希は意識がはっきりしてきたのか、軽口を言う余裕があるようだ。

「そんなわけないじゃない。手前と奥を間違えたんじゃないの紗希」

「いや、さすがにそんなわけはないけど……」

「やっぱり何か変なんだよなあ」

 ぼやきながらドアの向こうへと進む。

 彩花もそれに続いて奥へと進んでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る